冒険者とレニー
――暗闇の中の森で、ウタハは月を見上げていた。
傷ひとつない体で、肌寒さに安堵を覚える。ゴブリンが、ウタハを囲んでいた。
痛そうな槍を持っている。剣を持っている。
「ふひ」
嗤ってしまう。
心の中で棘がわくような感覚がする。内蔵をじくじくと刺し貫くような感覚。
自分なのに、自分じゃなくなる感覚。心臓の鼓動が跳ね上がって、内側から
――みんなみんな、殺してやる
衝動に呑まれる。吐き気に襲われて、自分が消えそうになって、蹲って抑え込む。
「死ななきゃ」
こいつは抑え込んで、殺してもらわないと。
ゴブリンが近づいてくる。
早く。
抑えきれなくなる。夜のせいか、レニーがそばにいないせいか、どんどんひどくなる。全部壊したくなって殺したくなって、意識がトぶ。
いやだ。
早く終わりたい。
早く早く早くはやくハヤク。
神様どうか、自分をいい子にしてください。
でなければ――殺してしてください。
終わらせて。
「間に合った!」
今一番聞きたくない声が飛び込んできた。ゴブリンの悲鳴が聞こえ、足音が遠ざかっていく。
「怪我ないかい」
レニーが優しく声をかけてくる。
「――あ……ア、アァ……」
――あの子がほしい
「だ、め」
「ウタハ?」
――刈って嬉しい、はないちもんめ
「おにーさん! 殺して! 私を、殺して……!」
叫ぶ。
意識が黒に塗り潰される瞬間、心の底から思った。
この世から、自分自身が消えることを。
○●○●
「間に合ったけど間に合ってない!」
レニーは飛び出した影の茨を避けながら叫ぶ。
「ふふふ、ちょーだい。おにぃいいさぁああん!」
両手を広げてウタハが笑う。
茨のような触手のようなものがレニーに殺到する。
武器は何一つ持っていない。先程のゴブリンは指先から出した魔弾でビビらせただけだ。ウタハを探すので頭がいっぱいで何もかも持ってきていなかった。
「すぅ、はぁ」
レニーは呼吸を整えて、それから叫ぶ。
「スカハ! 頼んだ!」
レニーは棒立ちになった。避けない。避けるつもりはない。ただ、殺到するそれを受け入れる。
当たれば圧死だ。
影の手が伸び、レニーの体を影の中に引っ張り込む。
そして、レニーの意識は途絶えた。
○●○●
受付の前でスカハはレニーの襟を両手で掴み、鬼の形相で叫んだ。
「何考えてるの! バカじゃないの!」
レニーはスカハの手に触れる。
「キミなら助けてくれるだろ? あとあの子を助ける方法も、知ってるんじゃないかって。こうでもしないと出てこないだろうし」
「それをバカだって言ってるの! 今の状態ならレニーの力で殺せるでしょ! 殺しなさいよ!」
スカハが叫ぶ。
「レニー、いい? 可能性はゼロじゃないとか、そういうので助けようとするものじゃないの! あれはまた世界を災厄に陥れる種なの。育てちゃいけないの! レニーがやらないならわたしがやる! わたしの責任だから」
「スカハは悪くない」
「わたしはもう、あのときになんて戻りたくないの!」
「スカハ。悪意は誰にでもある。あれは別に
「次元が違うって言ってんの! わかんない!?」
レニーは頷いた。強く、はっきりと。
「あれくらいの悪意は茶目っ気だ」
「どこで目腐らせちゃったのかな!?」
「……ぷっ」
あまりにもスカハが必死に訴えかけるのでレニーは笑う。
「盗賊とか人を殺してきたじゃない! 今更人を殺せませんっていうわけじゃないわよね」
「必要なら殺すさ」
「今なの! い! まっ!」
ぶんぶんとレニーの頭を揺らす。レニーは抵抗せず笑うだけだった。
「へらへらしない! 真剣なのこっちは」
「オレがふざけてるとでも?」
「どこが真剣だって言うのよ」
「――スカハ。悪意がキミを取り込めるなら
スカハが目を見開いた。
「できないわ」
「オレに嘘が通じるとでも。特にキミは素直だ」
スカハは目線を落として、反らす。
「五分五分よ。できなければこの世は終わり。できればそりゃ、どうにかなるかもしれない……けど、わたしが悪意を取り戻して何もない保証なんてない」
「大丈夫さ」
「あなたッ! 簡単に言うけどさ!」
「散々一緒だったろ? 信じるさ。キミを」
真っ直ぐ見つめ続ける。
「……どうしてそこまでするの? 数日しか付き合ってないただの子どもよ」
「キミが太陽を見たいだけのただの女の子だから」
スカハが見上げてくる。これまで見たことないくらい、目を丸くしていた。
「あの子も太陽を見たいだけだろ。同じさ」
「そりゃ、数分もしない関わりであなたはわたしの願いを聞き入れてくれたけど……」
「冒険者は夢をみるものだし、夢をみせるもの。そう教わった」
「ただの理想論でしょ」
「そうさ。でもこれでやってきたでしょ」
レニーはスカハの頭を撫でる。
「今までのキミは綺麗すぎて違和感あったんだ。悪意がないから、っていうのは納得だね。取り戻してきなよ。その方がずっと素敵になれるさ」
「何言ってるの。あっていいわけないじゃない」
「聖人じゃないんだ。悪意も必要さ。それに泣きたいときは思い切り泣けばいいし、苦しいときは叫べば良い。悪意が湧いたら発散すればいいのさ」
「ひとりじゃ、余計ひどくなるだけだわ」
「オレがいるだろ」
にべもせず言い放つ。
「ちゃんと
スカハの目から涙が溢れてきた。しゃくりあげながら、声を殺す。
「ほら、思い切り泣きな。我慢せずに」
肩を叩く。
「う、あ……あああぁあああ!」
スカハが大声を上げて泣く。レニーに抱きついて、子どものように泣きじゃくる。レニーは抱きしめて、頭を撫でる。
「なんで。なんで……っ! レニーはいつもそうなの!」
「いや、オレだから」
「答えになってない!」
ぽかぽかと胸を叩かれる。
とりあえずレニーは落ち着くまで待つことにした。
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