冒険者と嘘

 赤子のころから自分はおかしかったのだと、ウタハは語ってくれた。


「赤子のころ、素手で虫を潰して喜んだり、村を襲ってきた魔物を、殺したり」


 記憶はないと、不安げに告白した。

 馬車に揺られながら、レニーはウタハに膝を貸す。頭を撫でてやる。離れろと忠告されたが、ウタハに罪はないのだ。距離を取るよりも今は少しでも安心させてやりたい。


 誰も悪くはない。無論スカハも。


 あるとすれば災厄なんて創り出した人の業だ。


「おにーさん」

「なんだい」

「私、おかしくなっちゃうのかな。いつか私っていなくなっちゃうのかな」


 涙を流しながら、問いかけられる。


「おかしくしてるのはオレさ」


 レニーは優しくウタハに語りかける。


「だからあと一日だ。一日頑張れば、オレと離れられて、元に戻ってハッピーエンドさ」


 嘘だ。そんな確証はないし、レニーと出会う前からスカハの面が垣間見えているのなら、レニーは関係ないのだ。獲物が来て活発化してるだけで、ウタハに寄生……というのがわかりやすいだろうか。その状態は変わらない。


 悪意。


 何がきっかけで蓋が開くかわからない地獄の釜。


「おにーさん」

「はいはい」

「ごめんなさい。痛い想いさせて」

「腕が斬り落とされたことがあるんだ。そのときに比べたら平気さ」

「大丈夫だったの?」

「大丈夫だったさ。おにーさんは強いからね」


 傷はポーションのおかげもあり、もう塞がりかけている。実際平気だ。


「ごめんなさい。わたし生まれてこなければよかったね」

「それはこれからキミが決めることだ。他人じゃない」

「私が?」

「そうさ。キミを大事にしてくれる孤児院を見つけて、好きなことを見つけて、それで、あれこれやって、最後にキミが決めることだ」


 馬車が揺れる。


「子どものうちは目一杯迷惑をかけていいんだ。だって探してる最中だからね。一生懸命生きてて、他人を大切にしながら他人にかけちゃう迷惑はかけていいんだ。いっぱい探しな。笑えるものとか、おいしいものとか、やりたいこと」

「おにーさんは見つけたの」

「……そうだねー」


 レニーは過去を振り返りながら、呟く。

 フリジットの酒を飲む姿が真っ先に浮かんだ。


「くだらないかもしれないけど、見つけられたかな……飲み仲間」

「飲み仲間?」

「一生仲良くできそうな人ってこと」

「お母さんとお父さんみたいな?」

「近すぎるな……うーんお隣さんかな」

「よく、わからない」

「オレもよく知らない」


 レニーが言うと、クスリとウタハが笑った。




  ○●○●




 深夜。宿のベッドで体を起こす。


「どうしたんだい」


 起きたウタハに、レニーが問いかける。この間まで別々の部屋を用意していたのに、レニーを殺しかけた日から一緒にいる。


 ……寝てないのだろう。レニーの顔色は悪いし、目に隈ができている。


「……おといれ」


 もじもじしながらウタハが言う。レニーは静かに微笑む。


「行ってきな。怖くない?」

「平気」


 ウタハはベッドから降りて、部屋から出る。


 …………嘘だ。


 自分はここにいてはいけない。レニーは優しい言葉をかけてくれた。肩に傷を負って、それでも自分を引き戻してくれた。


 ――あの子がほしい


 だからダメだ。


 自分は死ななきゃおさまらないんだ。


 出ていこう。何もかも捨てて。それで、魔物に喰い殺されて、死ぬのだ。


 レニーに出会った日に助けられなければ良かったのだ。じゃないと、もっと取り返しのつかないことになる。


『子どものうちは目一杯迷惑をかけていいんだ』


 嘘だ。

 嘘なんだ。ダメなんだ。自分だけは。


 生まれたことさえ、罪なのだ。だから、今まで辛かったのだ。悪い子であるから、罰を受け続けたのだ。


 終わらせよう。


 宿を出る。


 涙を流しながら、後ろ髪を引かれながら。


 それでも、これから訪れるもっと苦しい出来事から逃げ出した。


 自分が、自分でいられるうちに終わらせるのだ。




  ○●○●




 ……帰ってこない。


 部屋の扉を開けて、宿のトイレに向かう。


「なんか変なものでも食べさせちゃったかな」


 ウタハのお腹の具合を心配しながら、レニーは宿の廊下を進む。誘拐であれば、慌ただしい足音がする。レニーであれば一発でわかるし、そういう奴らの相手は慣れている。


 トイレから別の人間が出てきた。すれ違って、トイレの前に立つ。二つあるが、どちらにも気配はない。


「……まさか」


 レニーは宿から出る。宿の屋根の上に飛び乗り、周りを見るが、姿は見当たらない。


「どこに行った?」


 しまった。


 子どもと思って思い詰めていたことを甘く見ていた。安心させようと、心配させまいとしすぎた。


 神経をそちらに使いすぎて、日々の疲労も相まって、トイレに行こうとしたウタハの表情を全く読み取れなかった。


『わたし生まれてこなければよかったね』


 顎に手を当て、考え込む。


「死ぬなら、どこだ」


 魔物にわざと襲われる。それがおそらく一番楽だろう。避けようがある恐怖よりも、避けられようのない恐怖のほうが死ぬにはちょうどいい。


 魔物退治の依頼や調査の依頼が出やすいのは……。


「あそこか!」


 レニーはできるだけ己にバフをかけて、村を出た。

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