冒険者と取り戻し
左肩から槍を引き抜く。
「子守りって大変だな!」
シャドードミネンスで影の支配を広げる。槍も刺さった瞬間に蠢いていたがどうにか黙らせた。
なぜだかわからないがスキルが発動しない。スキルの強さが相手に負けているわけではなさそうだ。そうであるならシャドードミネンスで支配できないだろう。
「来いよワルガキ。しつけてやる」
「死ねぇ!」
人の身を潰せそうなほどの巨大な黒い手が形成され、レニーに叩きつけられるが、それを避けきる。
「食べちゃうぞぉー!」
ウタハが大口を開けると竜の顔の影が出現し、レニーに噛みついてくる。
「あっぶな!」
前に転がり込んで竜の顔の下をくぐって避ける。そうすると頭上にウタハがいる状態に持ち込んだ。レニーは腕をあげると抱きしめた。
「イタズラもほどほどにしろ! いい加減怒るぞ!」
強く抱きしめて動きを拘束する。ウタハはもがくが何もできない。シャドードミネンスでウタハにできる影を全て支配しているからだ。支配を上書きしているのだからコントロールはできない。
ウタハが最後の手段とばかりに出血している肩に噛みついてきた。
「――っ!」
痛い。
凄く痛い。涙が溢れてきた。それでも抱きしめて、頭を撫でる。
「ウタハ。戻ってこい。いい子だから」
何度も撫でる。
「いい子だ、ウタハ。しっかりしろ。大丈夫だから。今ならまだ怒らないでやるから。戻ってこい」
半ば懇願に近いかたちで抱きしめ続ける。ぎゃーぎゃーと騒ぎもがいていたウタハだったが、やがて体から力が抜けていった。
「……うぐ」
肩に噛みついていたままのウタハが呻く。
「うげっ」
急に肩に吐かれる。
出血部分を噛んだままだったのだから、血の味を思い出したのだろう。
「ぐえっ、うっ……おえぇえ!」
「よしよし」
背中を擦る。左肩にどんどん温い感触が広がっていくが、もう諦めた。まともな反応をしているということはとりあえず戻ったということだ。
「ごぽっ……おぷっ……」
レニーが抱きしめて手で口を抑えられないからか肩に鼻を押し付けて呼吸を止めようとするウタハ。
「気にしなくていいから吐いちゃえ。窒息するよりはマシだ」
「ひぐっ、おぇっ……! ごめっ、ごめんなさ……」
「大丈夫だよ。気にせず吐きな。落ち着いたら服を洗おう」
……あぁ、片付け面倒くさいな。
レニーは遠い目になりながら、月を見上げる。
○●○●
被害は上着だけで済んだ。とはいえ、ウタハは衣類を全部汚したので洗い流した後に漬け置き中だ。大泣きしながら着替えてもらった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
謝るばかりのウタハに、何度も大丈夫だと伝えて、同じ部屋のベッドに寝かせた。
ひとまずシャドードミネンスを維持している間は大丈夫だろう。朝になれば影は薄れる。そうすればポーションで魔力を回復させつつ、サティナスを目指そう。
二日寝なければつく。
寝息を立てて落ち着いたウタハのベッドの傍で座り込む。
「はぁ……子どもは苦手なんだけどなぁ」
感情の振れ幅が大きすぎて疲れる。
「……うん?」
急に影の手が出てきたかと思うとレニーの目を塞いだ。
そして、意識を絶ってきた。
○●○●
ギルドを模した空間で、受付で、スカハが膝を抱えて震えている。怯えた表情でレニーを見た。
「こ、殺さなきゃ。あの子、殺さないと」
「いきなり物騒だね」
「あれは、封印されたわたしの一部なんかじゃない。わたしが蒔いた種なの!」
スカハが叫ぶ。
「種?」
「黙って封印されるわけないじゃない! わたしはわたしを災厄にしたみんなが
「……何を」
「悪意よ! 憎悪とか、嫉妬とか、全部! あの子に宿ってるなんて……生まれ変わりみたいなものよ。まさか今でも残ってるなんて思わないじゃない!」
「……悪意と言うわりには随分幼いようだったけど」
「宿主に合わせてまだ幼いだけよ! これから膨らむわ。全部殺そうとする! だから殺さなきゃ!」
完全にパニックになっているスカハを、レニーはなだめようとする。
「まぁ、落ち着きなよ」
「できるわけないじゃない! あなただって傷を負ったんだよ? 殺されちゃうよ? そうなる前に殺さなきゃ! ねえ!」
腕を掴まれて訴えられる。
「シャドードミネンスで完封できる。少なくともウタハは何も悪くないだろ」
「そうだけど……今だけよ。感情が膨らめば、成長すればスキルも芽生えてくる……あなたを殺して、わたしを
レニーは目を反らす。
「……なぁ、
「何を、するつもり」
「確認さ。大丈夫そうだね」
レニーはひとり納得して、スカハに背を向ける。
「待って! 話はまだ!」
「また話そう。そん時に」
レニーは手を振りながら、ハリボテのギルドを出る。
――目が覚めた。
「――全く、オレはただの冒険者なんだ。やめてくれ」
天井を見上げながら独り言を呟く。その顔は疲れ切っていた。
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