冒険者とこころ

 意識がまともになった瞬間、頭が割れそうだった。体中業火に焼かれているようで、すぐにでもまたトびそうだった。


 でも近くに弟がいるのはわかった。ラフィエの声も聞こえた。


 今まで戦っていたのが、本当は二人だったら? その思考になった途端、怖くなった。


 いつまでも意識を保ってられない。また戻ってしまう。戻ったら、たったひとりの弟も、最近できた仲間も殺してしまう。


 いやだ。それだけはいやだ。


「殺してくれ」


 心の底から、泣きついた。愛する弟に殺されるのなら本望だ。オチビトになって、それで、大事な人を殺してしまうのが最も恐ろしい。


「わかった」


 決断できないであろう弟の代わりに知らない声が了承してくれた。

 その言葉に心から安堵した。


 けれど、自分を襲ったのは痛みだった。


 介錯ではない。殺してくれるのならもっと急所を狙うだろうし、武器か魔法を使うだろう。


 意図的だ。意図的に痛みを刻み込んできた。


「げほっ、げほっ!?」


 視界がかすれて何もわからない。

 なんで、なんでこんなことを。


 自分の体が掴み上げられる。


「おいオマエ」


 どすの効いた低い声。閻魔大王でも、そこにいるのかと思うほど、怒りに満ちた声。


「オマエの弟がどれだけ粘ったと思ってるんだ。死ぬ覚悟をする暇があるなら生きる覚悟をしろ」


 どんな刃より、痛かった。


 今まで受けてきたどんな傷よりも響いた。


 なぜかわからない。


「死ぬ気で戻れ! オマエ・・・の名前・・・を言ってみろ!」


 知らない声が、知らないのに、怒りに満ちているのに、優しい声が。

 胸に、深く深く突き刺さった。


「わ、私は」


 声を絞り出す。

 獣じゃない。名前は忘れてない。


「私はセツナだ」


 名前を言う。名前にすがりつく。


 思い出に、こころに、しがみつく。


「死にたいのか、生きたいのかはっきりしろ。セツナ、オマエの望む理想はなんだ」


 そんなの、決まっている。


「生き、たい」


 死にたいわけない。終わりになんてなりたくない。


「負けるなよ姉さん!」

「そうだよセツナ! しっかりして!」


 弟の声がする。仲間の声も。


 いつの間にか怖いという感情は消えていた。なんでだか、わからない。


 人であることに必死にしがみつく。


「私はセツナだ! セツナ・ヤギョウだ!」


 叫ぶ。喉が熱くなるほどに、名を叫ぶ。


「獣なんかじゃ……ない!」


 否定する。湧き上がる衝動を。サンメンキョウの幻を。拳を握りしめて、抑え込む。


 思考の霞が晴れていく。痛みが、熱が引いていく。


 視界が、元に戻る。


 知らない、女性か男性かわからない顔が目の前に浮かぶ。


「き、きみは」

「レニー。レニー・ユーアーンだ。はじめまして、セツナさん」


 微笑んで、レニーが答える。レニーの手がセツナから離れる。座り込んで、周りを見る。駆け寄る弟とラフィエが涙ぐんでいた。


 サンメンキョウも倒れている。


「姉さん!」


 抱きしめられる。温かみが愛おしくて抱きしめ返す。涙が溢れてきた。


「シュン、シュン……!」


 何度も、弟の名を呼べる幸せを噛み締めた。




  ○●○●




 抱き合う姉弟に背を向ける。

 レニーはマジックサックからマントを取り出すとセツナにかけた。


「……うん?」

「服がボロボロだからそれ使いな」


 サンメンキョウと戦闘中に傷を負ったりしたのだろう。獣のような体毛に覆われていたからあまり気にならなかったが、現状、獣の耳以外は人に戻っているので中々際どい格好になっている。


 セツナは顔を赤くすると、シュンから離れ、自分の体にマントを巻き付けた。


「あ、ありがとう」


 金色だった髪はシュンと同じ赤みがかった茶髪になっている。とりあえず、危機は去ったというやつだろう。


「サンメンキョウは、きみが倒したのか」

「三人でね。リベンジ成功さ」

「……ありがとう。何から何まで」

「気にしなくていい。ただの依頼だ」


 あくびをする。

 久々に大声を出した。喉がカラカラだ。


「感動の再会のとこ悪いけど、疲れてるから休みたいんだ。帰ろう」


 レニーがそういうと全員が頷いた。

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