冒険者と剣戟
ラフィエは腰の刀に手をかけながら、レニーの前に立つ。サンメンキョウの死体があるが、あまり障害にはならないだろう。
「どうしてあんなこと言ったの」
「あんなこと?」
「シュンに任せるって」
非難するような声ではなかった。単純な疑問を口にしている。
「オチビトになってもスキルツリーがまるごと変わるわけじゃないだろ」
「そりゃ、そうだろうけど」
「二天に至るために武器術を磨いてたやつがいきなり獣の戦い方ができるわけがない」
セツナの腰には杖らしきものが下がっている。本来はあれを武器にして戦うのだろう。しかし、今シュンと戦闘しているセツナは爪しか使っていない。動きも獣と人の中間のような中途半端な動きだ。
ラフィエもシュンもヤギョウとつく技を使っていた。剣術として洗練されている魔法だと思う。
そしてセツナもそのヤギョウを使うのが本来の戦い方のはずだ。それを使っている気配が一切ない。
「オチビトとしてのスキルツリーが
「今の一瞬でそこまで考えたの?」
「ただの予想さ。褒められたもんじゃないね」
冒険者としての安全策は逃げるか、ラフィエとシュン二人で戦ってもらうかだ。よほどオチビトというのが飛躍的に能力を向上させるものでなければ凌げるだろうし、ラフィエとシュンで戦闘をすれば様子見は確実にできる。
バーサーカーの果てになるベルセルクはスキルが歪に成長した結果だ。リッチといい、スキルや術を極めた先にある魔人化は非常に強いだろう。レニーも死ぬほどわからされている。
獣の装備品は身体の最適化と精神修行だ。武器術は本人で磨き上げるしかない。今のセツナの状態は、レニーで言えば、早撃ちやミラージュへのバフの攻撃ができなくなるようなものだ。
いくら身体能力が上がろうと、それは弱体化とも捉えられる。数ヶ月単位でオチビトとして生きていればスキルツリーが最適化され、状況もまた違うだろうが、一ヶ月やそこらで急成長するようなものではない。
……と、いくら理屈立てても結局は賭けだ。
「なけなしでも魔力が回復した状態で何も変わらなければ撤退するよ。準備はしといてほしい」
だけど。
「でもちょっと、夢を見てもいいんじゃないかな」
セツナとシュンの戦いを見ながら、レニーは呟く。
二人のことは全く知らない。
知らないが、大事な人が助かる可能性に賭けたいという気持ちはわかる。ダメでも気持ちの整理はつけさせてやりたい。
「……レニーさんっていつもそうだね」
微笑みながらラフィエが言う。
「面倒な人間で悪いね」
「ううん。好きだよ、レニーさんのそういうとこ。あったかくて……やっぱり呼んでよかった」
「そりゃ良かった。まだ頼れる冒険者でいられたみたいで」
「うん、いつも。変わらないよ」
そう言われて少し安心した。
○●○●
『シュンは、私が守るよ』
幼い頃、姉にそう言われた。ヤギョウの家に生まれて、才女と呼ばれた姉は何でもできた。
剣術も誰にも負けないほどになった。魔法も扱え、杖から魔力で武器を作って戦う、そんな誰にも真似できないような戦い方で、まさに無敵だと思えるほどに。
それでも、シュンは背中を追いかけた。姉のように強くなりたくて。
姉の支えになりたくて。
姉との稽古は楽しかったし、負けても姉は褒めてくれた。
ずっと、ずっと、磨いてきた。姉弟なのに、ひとりに背負わせたくはない。期待を一身に受けて、責任を全て負って、そんな生き方の姉が、もっと気楽に笑えるように。
「姉さん! 俺だよ、シュンだよ!」
獣の動きでも、散々見てきた姉の体の使い方の癖が残っている。だから戦える。剣を手に持たないから、自分の剣技でも対処できる。
「目を覚ましてくれ!」
教わった剣をぶつける。ずっと追いかけてきた背中を掴めるように。
唸る変わり果てた姉。
サンメンキョウと戦ったとき、姉なら大丈夫だと思ってしまった。
『私なら大丈夫だ! いつだってそうだったろ』
いつだってそうだったから。笑みを浮かべて、きっと大丈夫だと思わせるそんな姉の姿。
今思えば、無理をしていたんだと思う。
無理をしたから、今こうなってるんだ。そうさせたのは己の弱さだ。
姉をまだ越えられない。いつか並び立ちたいと、越えたいとそう願ってきた。
だから諦めるつもりはない。
そうなったときに隣にいないなんて、絶対にいやだから。
届け。
届いてくれ。
「姉さん! セツナ姉さん!」
この声が、どうか届いてくれ。
○●○●
何もかも敵に見える。
六本の剣で体を切り刻まれて、川に落ちたあの日から。何度もサンメンキョウと剣を交えた。
自分はサンメンキョウと戦っている。今も。
そのはずだ。
「――さん!」
なのになぜ、見覚えのある剣筋と打ち合っている。どうして懐かしい香りがする。
なんで、どうして。
「姉さん!」
大事な弟の声がするのか。
「セツナ姉さん!」
○●○●
「ウ、ウグ……」
セツナが頭を抱え始める。シュンは鉈を振るうのをやめ、セツナを呼び続ける。
「姉さん、俺だ! シュンだ! ずっと一緒だったじゃないか! 忘れてないよな!」
声をかけ続ける。
レニーはある程度魔力が回復したのを感じて、準備をする。
「セツナ! 戻ってきて!」
ラフィエも声をかける。セツナがうずくまり、唸る。
どうやらどうにかなりそうな気配がする。シュンも一時的に尻尾が生えていたりしたが元に戻ったあたり、正気に戻りさえすれば、人間に戻れる可能性は出てくるだろう。
「……シュン」
苦しそうに、絞り出すように、セツナが声を出す。シュンはぱっと表情を明るくさせて、鉈を腰に納めてセツナに駆け寄ろうとする。
「来るな!」
セツナが叫ぶ。
「……う、うぐ……」
胸を抑えながら、セツナが苦しむ。
「……こ、殺せ」
「……え」
シュンの顔が絶望に染まる。
「い、いつまで、意識があるかわからない。ゼンブ……あいつに見えるんだ……! あいつとずっと戦ってるんだ……!」
涙を流しながら、セツナが言う。
「頭が割れそうだ……シュン、どこにいる……? 頼む、殺してくれ。取り返しがつかなくなる前に」
「そんな……姉さん!」
「セツナ、しっかりして!」
二人が必死に声をかける。しかし、セツナはそれには答えない。
「オワ、オワラせてくれ……! 獣に、なりたくない……!」
顔を上げて、懇願するセツナ。
レニーはセツナに歩み寄る。
「わかった」
「レニーさん!?」
「待ってくれ! まだっ」
二人がレニーを止めようとする中、セツナが安堵の笑みを浮かべる。
「ダレだか、わからないが、ありが――」
――蹴った。
なけなしの魔力で、絞り出した魔力で、セツナを蹴った。背中を木に激突させて、セツナが呻く。
「げほっ、げほっ!?」
咳き込むセツナに再度歩み寄り、その襟を掴んで立ち上がらせる。
「おい
レニーはセツナに額を付けて睨む。
「オマエの弟がどれだけ粘ったと思ってるんだ。死ぬ覚悟をする暇があるなら生きる覚悟をしろ」
正気が今あろうが、なかろうが知ったことではない。
「オレは二天だとかオチビトだとか、よく知らない。どうでもいい。だから言わせてもらう」
レニーは、ただ感情をぶつけた。
「死ぬ気で戻れ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます