冒険者と特位
影の支配をじっくり進めながら魔力を練り上げる。
今までほぼ使っていなかったシャドードミネンスの魔法を今更使っているのには理由がある。
魔力の消費がスキルよりも少ない。
影の女王に捧ぐのスキルは強力だ。即座に影を支配できる。シャドードミネンスではサンメンキョウの影の腕を支配下に置いて消滅させるなんて芸当はできない。まず支配下に置くまでに攻撃を喰らって魔法が中断されるだろう。
しかもシャドードミネンスはあくまで支配下に置くだけなのだ。領域を広げるといってもいい。もしシャドードミネンスで支配できたとして、サンメンキョウの影の腕が動かなくなるだろうが、そこから何か起こすには別の魔法がいる。シャドーハンズやネガティブバインドといった拘束の魔法を射程関係なく相手にぶつけられるようにする。それが強みであり、そして影の女王に捧ぐのスキルであればシャドードミネンスよりも早く影を支配し、操れる為にシャドードミネンスよりも選択肢が多い。
強力なスキルで、即座に決着できる。それゆえに、魔力を喰う。
そして狂性魔力で足りない分を捻出する。影の尖兵のスキルでバフをかけて補う。
ただ、いつものやり方では魔力消費が早いため、レニーのやろうとしていることが実現できない。
シャドードミネンスは時間はかかるが、圧倒的に魔力消費が少ない。そして、そこから発動する魔法の魔力消費も多少軽減できる。
影の女王に捧ぐでは無詠唱化と威力強化しかできない。元々の魔力消費が大きいのは威力強化が入るのもあるのだろう。
一撃で仕留める。
つまり、準備に魔力を喰われるわけには行かない。最大限節約して、時間をかけて準備しなければならない。だからこの場では、シャドードミネンスの方がいいのだ。
ミラージュを引き抜き、ミラージュの
ミラージュには杖の機能もある。
それは単純に魔弾を撃つための、杖の機能ではない。わざわざエレノーラから構造を教わって、武器をつくったニーイルが組み込んだ機能だ。
つまり、カートリッジを使える。
魔力を上乗せするカートリッジを入れ、収める。
魔弾を撃つのなら、カートリッジを切り替えて臨機応変に戦うのなら、断然クロウ・マグナだ。杖だけで言うのならレニーは左利きと言って良い。左でなければ早撃ちはできない。
魔弾なら、という話だ。
杖なら魔弾に拘る必要もない。そしてミラージュが影の尖兵によるバフで変質する感覚が手でわかる。一時的に、体の一部のように感じられる。
『結構ヤバめの魔法だから使い道はちゃんと考えるように』
そういうのは、一番得意だ。
独りで戦うのならこんな真似はできない。
ラフィエがいたから、そして同等の実力であろうシュンがいたから、この方法が取れる。シャドードミネンスで広範囲の影を支配したから、あの厄介な影の腕や剣も封じられている。
「チェックだ」
シャドーハンズを大量に発動し、サンメンキョウの体を拘束する。
「跪け」
そして、地に伏せさせた。
シャドーハンズでサンメンキョウを引き寄せる。
影を媒体をする魔法は、影の範囲が広ければ広いほど、影が濃ければ濃いほどその強さを増す。
夜が一番強力になる。それはサンメンキョウも同じだが、
ミラージュで影を掬う。
バフはかからない。影がミラージュを覆い、ミラージュ全体に
剣先に白い光が出現する。
特位魔法。魔法は始位、下位、中位、上位、特位の五つに分かれ、そして特位は最も難度が高い魔法。
引きずり込もうとするシャドーハンズと、もがいて抵抗するサンメンキョウ。
その背中にラフィエが立つ。
大太刀を背負い、刀に手をかけていた。わずかに引き出された刀身が眩い光を放つ。
「セイントカリバー」
白雷一閃。
ラフィエの一撃がサンメンキョウの背中に横の傷を入れ、出血させる。そのラフィエの後ろからシュンが飛び出した。
「ヤギョウ・獅子落とし」
赤い斬撃がサンメンキョウの背中を裂く。縦にさらなる出血が吹き出した。
サンメンキョウが悲鳴を上げ、力が入らない瞬間にレニーが一気に引き寄せる。
跪いたサンメンキョウの鼻先に白い光が浮かぶ。
その魔法は一定範囲の影を全て凶器とにする。
サンメンキョウを雁字搦めにしているシャドーハンズも、サンメンキョウの
何もかも、この魔法の効果範囲だ。
レニーの魔力では一発撃てば残りの魔力を全てもっていかれる。射程もレニーの目の前だけと非常に狭い。
だが、当たれば生き残れる者などいないだろう。
逃がす隙も、致命傷を逃れる術もない。
「──ルナ・イクリプス」
サンメンキョウに向けて、光が弾ける。
瞬間、シャドーハンズから無数の棘がサンメンキョウを外側から貫き、そしてサンメンキョウの内部から無数の棘が、内側から貫いた。
「グぎゃ」
サンメンキョウが血を吐く。
影が一息に全て消失し、サンメンキョウが倒れ伏す。
ピクリとも動かない。
「た、倒した……」
「やべえ、今の魔法」
ラフィエとシュンが呟くのが聞こえる。
レニーはミラージュを納刀し、ため息を吐いた。
「あ、無理」
座り込む。魔力の使いすぎで体が思うように動かなくなった。
どんなに生命力が高くとも、内臓をまるごと全て破壊されれば即死だろう。
証拠に首でも落としてギルドに報告すればそれで終わりだ。
マジックサックから魔力回復用のポーションを取り出し、飲む。
ラフィエとシュンが駆け寄る。
「レニーさん大丈夫?」
「ちょっと休ませてもらえば平気さ」
「勝てたんだな、サンメンキョウに」
「ご覧の通りさ」
シュンが頭を下げる。
「ありがとう、あんたのおかげだ」
「オレが大技かます時間を稼いでくれたのは間違いなくふたりさ。昇格の話は推しておくよ。ラフィエさんも強くなったみたいだね」
ラフィエが涙ぐみながら嬉しそうに頷く。
「さて、あとはお姉さんとやら見つけて終わり……」
――何か、来る。
騒がしい。それを感じてかシュンもラフィエもすぐに得物を握りしめ、周りを警戒する。
レニーは深呼吸して、足を叩く。感覚を確認してから立ち上がった。
「やばそうならすぐ撤退だ、いいね」
「うん。でも、レニーさんのおかげでだいぶ魔力も体力も温存できてるから戦えるよ」
「俺も」
「じゃ、守ってくれ。オレはもう戦えないんでね」
視線の先。そこから影が飛び出す。
人型だった。
というより人だった。狐のような耳と、尻尾を五本持ち、手足の半分は体毛に覆われていた。髪といい、毛といい金色だ。
獣の赤い瞳に、尖った爪。浮かぶ表情に理性は感じられないが、どこか顔の雰囲気がシュンに似ている。
「ガアァアアア!」
全身を使って爪を振るってくる。
ラフィエが前に出て、大太刀で攻撃を受けた。
おおよそ人とは思えない柔軟さで四肢を使い、飛び上がると距離を取って睨みつけてくる。
「姉さん!」
シュンが叫ぶ。その呼びかけに反応する様子はない。シュンがそう呼ぶということはあれがセツナなのだろう。
――力に呑まれれば
聞いた言葉を思い出す。
「正気、はなさそうかな」
「オチビト、だね」
レニーの呟きにラフィエが同意したのかそんな事を言う。声が震えていた。
「逃げるか」
とりあえず元ルビー冒険者であったことを考えるとサンメンキョウ以上の脅威に違いない。
撤退だろう。ポーションの効果と狂性魔力でどうにかするしかない。
「待ってくれ!」
シュンがレニーに振り返る。
「姉さんなんだ! せっかく会えたんだ、やっと! だから」
「でもシュン! セツナは明らかにオチビトになってるじゃない!」
「だ、だけど、だけどよ! 姉さんなんだ!」
必死に何か訴えようとするシュン。
「……何ができる?」
セツナは警戒しているのか威嚇のような格好のまま攻撃はしてこない。警戒を続けながら、レニーはシュンに問いかけた。
「そ、それは……」
シュンの瞳が揺らぐ。
レニーはセツナを睨む。
「やってみるといい」
「……え」
「後悔しないように、やってみろ。どの道対策はいる。動きは見ておきたいからね」
だから。
「戦ってみろ。何か変わるかもしれないって思ってるなら、挑め。失敗しようが、死ななきゃ文句は言わないさ。オレはセツナさんが助かろうが、助かるまいが別にどっちでもいい。知り合いじゃないからね。だから、任せる」
シュンはその言葉を聞いて、覚悟を決めたようだった。
両手に鉈を構えて、セツナを睨む。
「ラフィエ、レニーさんを頼む」
「シュン、でも」
「俺の姉さんだ、俺が止めて見せる」
そして、セツナに突っ込んでいった。
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