冒険者と三面

 叫び声が響くたび、夜が震える。

 後ろを何度か振り返るが、レニーの仕掛けた上位の拘束魔法ブラックバート・クルゥーシファイは問題なく機能しているようだった。天に伸びる錨が、全くぶれていない。


 これで逃げられるわけではない。ブラックバート・クルゥーシファイは非常に強力だが、長い時間持続するわけではないのだ。


 レニーは岩壁をえぐってつくられた小部屋のようなスペースを見つけるとそこに少年を入れた。要は大きなくぼみなので動物の巣である可能性は低い。マジックサックを少年のそばに放り、レニーはその場から離れる。


 何の魔物か知らないが怪我人を巻き込む危険があるのはまずい。あの少年がやけに警戒しているところから、トパーズ級以上の魔物であることは確定だろう。そんな敵を相手にしながら、いちいち怪我人の安否を気にしていられない。


 エンチャントカーリッジを火属性のものに切り替える。そして頭上に向けて撃った。


 あの影を引き寄せるため、そしてないだろうが近くに冒険者がいるなら支援してもらうためだ。戦闘に参加できなくとも怪我人は運べる。


 ホー、ホー、という鳴き声がだんだん近づいてくる。レニーは目をこらして静かにその時を待った。


 木々をなぎ倒してそれが現れる。


 熊ほどの大きさの、猿だった。腕がやけに長く、そして耳があるはずの場所に顔がある。


「うげ」


 レニーはその姿に引いた。

 中心に猿の顔、右耳にフクロウの顔、左耳に狼の顔を持っていたからである。


 三面顔だ。


 レニーは顔を狙って魔弾を放つ。エンチャントカートリッジは切り替えていないので火の属性が宿っている。マジックバレットより強力な強魔弾マジックマグナムほどの威力だ。


 三面は肩から黒い腕・・・を生やして魔弾を払う。

 そして役目を終えた腕は消失した。


 その間に、三面はレニーとの距離を詰め、両手を組むと身を大きく反らして叩きつけてきた。


 レニーは靴に魔力を流し、バックステップで避ける。希少な繊維鉱物であるマナファイバーが編み込まれた靴は魔力によって加速や脚力強化ができる。


 空振りの隙を狙って魔弾を撃つ。


 すると肩からまたも黒い腕が生えて魔弾を払った。


 さらにレニーに向けて拳が飛んでくる。


 ミラージュで影をすくってバフをかけつつ、腕を迎え撃つ。


 魔法でつくられた腕とミラージュがぶつかり合い、そして腕が消滅する。


「ゴリ押すか……!」


 クロウ・マグナを納め、両手でミラージュを構える。そして振るわれる三面の拳をわざと受けた。体を浮かせ、身を逆さにしながらミラージュを地面に突き立て、影をすくい取る。


 着地したレニーはバフをミラージュにかけてその刀身を伸ばした。


 三面は地面に拳を叩きつけると剣を引き抜いた。おそらく魔法だろう。肩から腕を生やし、四刀持つ。


 ミラージュと四本の剣がぶつかり合う。時間の少ない中で最大限のバフをかけたが、断ち切るほどの威力には届かなかったようだ。


「この」


 力を込めて、二本の剣を砕く。そしてバフが切れたタイミングでレニーは納刀し、空挙のまま三面に向かって突っ込んだ。


 残りの二本の剣が叩きつけられる。レニーはタイミングを見計らって手を突き出す。


 そして影の女王に捧ぐのスキルを発動させた。己の影と繋がっている影を支配下に置くスキル。それによってレニーの手の影と繋がった影で形成された剣を支配下に置く。


 己を切断しようとする刃を強制的に影に戻した。影に込められた魔力を手から丸ごと吸い上げたのである。


 そして三面が事態を飲み込めないうちに、両手を合わせて魔力を左手に集中させてクロウ・マグナに手をかける。


 早撃ちが炸裂した。


 黒い手で殴ろうとする三面の鳩尾に魔弾を撃って怯ませる。


「ムーン……」


 後ろに飛びながら両手でクロウ・マグナを構えて魔弾を衝突させる。


「レイズ!」


 黒い嵐が三面を包んだ。


 クロウ・マグナを納め、ミラージュを引き抜く。ムーンレイズは最大火力で叩き込めていない。攻撃を食らう直前、フクロウの面の口が開いたことから何かしら防御手段を取られたと考えられる。


 レニーはミラージュの刃を延長させ、バフをありったけ込める。


「これで」


 防御のゆるむであろう瞬間。ムーンレイズの終わりを見極め、薙ぎ払う。


「終われ!」


 斬る。


 しかし手応えがなかった。


 理由はわかる。三面が後ろにジャンプしたからだ。空中にいる三面が、月を背後に、レニーを睨んでいる。


 そしてそのまま、夜の闇に消えていった。


 数分ミラージュを構えたまま警戒するが、気配はない。


「……ハァ……ハァ……」


 思い出したかのように汗がどっと吹き出て、全身の疲労感が増大する。肩で呼吸をしながらミラージュを納めて汗を拭う。


 ひとまず危機は去ったようだった。

 

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