冒険者と助け

 レニーは少年の下に帰ってきた。少年の無事を確認し、座り込んで岩肌に背をつける。


「……まさか、勝ったのか?」

「あっちが逃げた。あのまま戦ってたら……あんま考えたくないな」


 疲れきって思考を回すのが億劫だった。戦い続けた結果などレニーにはわからない。あの魔物の力の底がわからないというのに予想を立てられるわけがない。影を使う魔法を使用したり、早めに撤退するあたり頭はまわるらしい。魔法の関係上レニーとは相性が良かったことは幸運と言えるだろう。


「強い……んだな」

「ほどほどにね」


 放っていたマジックサックからポーションを取り出す。魔力の自然回復を促すものと、安いポーションだ。どちらも飲んで疲労回復に努める。


「少し、休憩させてくれ。そしたらここを出よう」

「……悪い」


 少年はかなり落ち込んでいるようだった。なぜここにいるのか、あの魔物は何なのか、いろいろと聞きたいことはあるが怪我人を質問責めにするわけにもいかず、自分の体力も回復させねばならない。

 今は何も聞かないことにした。


 しばらく休んでいると、目の前の茂みが揺れた。随分緩やかだったために風かと思ったが、木々の間から影が出てきた。


「――動くな!」


 即座に立ち上がって早撃ちの準備をする。しかし影は両手を上げて、敵意はないようだった。


 目を凝らす。


 スキルの補正も相まって暗闇の中で姿がはっきりわかった。

 蒼髪を後ろでまとめ上げ、薄い赤のマフラーをしている。背中には大曲剣、左腰にはサーベルに似た剣を下げている。

 少年のような特徴的な服を着ている。黒を基調に赤いラインが入っており、スリットの深いデザインで動きやすさを担保しているようだった。


 レニーはその姿を見て、警戒を解いた。知っている人物だったからだ。


「……ラフィエさんか」

「え? れ、レニーさん? もう来てたんだ? ということは戦闘してたのは」

「オレだね」


 近くまで歩み寄ってくる。


 ラフィエ・クランシー。以前カットトパーズで伸び悩んでいた彼女の手助けをしたことがある少女だった。あることをきっかけに剣を磨く地へ行くと言ってギルドロゼアから離れたトパーズの冒険者。そして今回、彼女に呼ばれてレニーはこの国、「ヤタ」に来た。


「レニーさん久しぶり」

「あぁ、久しぶり。会えて嬉しいよ」

「えへへ」


 嬉しそうに笑みを浮かべるラフィエ。それから視線を隣に移動させた。


「シュン!」


 ラフィエが少年の名前らしき単語を叫ぶ。少年に目を向けると、目を瞑っていた。よくよくみてみると眉尻のあたりが若干反応している。


 ――あ、これ。寝たフリしてるな。


「彼、大怪我してるっぽいんだ。近くに村があるなら案内してほしい」


 レニーは特にシュンの寝たフリに関しては突っ込まないことにした。明らかに知り合いであるし、動けなくなる怪我を追っているし……レニーは己の経験を振り返って、彼が起きたいタイミングに任せることにした。


 ――怒られたくないよね、うん。


「へ、平気なの!?」

「ポーションかけたし、まぁ、ひとまずは」


 ラフィエは胸に手を当てて、安堵の息を漏らす。


「よかったぁ。案内だね、任せて」


 レニーは影のベッドを生成して、少年を持ち上げる。いざとなればラフィエが守ってくれるだろうし、少しだけ呼吸も整ってきた。


 危機自体は去ったとはいえ、急ぐ必要はある。


 ラフィエに先行してもらい、歩き始める。


「手紙に書いてあった合流地点とは距離ありそうだけど」

「あれはギルドの場所なの。シュンが飛び出しちゃったからこっちまで来たけど」

「飛び出した?」

「うん。セツナ……お姉さんが行方不明だから」

「なるほどね」


 口ぶりからしてシュンもセツナという女性も冒険者らしい。


 となると流れとしては、この周辺で行方不明になったセツナという女性を探しに、シュンが出ていき、それに気づいたラフィエが追いかけてきたということだろうか。ラフィエがここまでたどり着けたのは、レニーが戦闘前に放った火属性の魔弾や戦闘痕を辿って、だろう。


「詳しいことはギルドで説明するよ。ここまで大変だったと思うし。そういえば何と戦闘したの」

「……え? あーなんか気色悪い猿。狼とフクロウの顔もセットで熊くらいでかいやつ」


 ラフィエは足を止める。すっかり青ざめてこちらを振り向く。


「ど、どうなったの」

「逃げられたよ。しばらくは平気なんじゃないかな」


 がっと歩み寄られて、肩を掴まれる。上目遣いに、見つめられる。唇が震えていて、瞳は怯えきっていた。


「怪我、ない? 平気なの?」

「あぁ。大丈夫だよ」

「よ、よかった。さすがレニーさん」


 手が離れる。


「かなり強くて倒せそうにはなかったけどね」

「レニーさんでも、かぁ。セツナと組んでもらえたら勝てるのかな」

「そのセツナさんとやらは強いの」

「うん。ギルドで一番。ルビーなんだ」


 同等級……かなりの実力者だった。行方不明になるとはあまり思えない。


「で、あの魔物は何なんだ?」

「サンメンキョウ」


 苦虫を噛み潰したように、ラフィエは言った。


「セツナとシュンと私で討伐できなかった相手……セツナが行方不明になった原因」


 その姿は毒でも、吐き出すかのようだった。

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