冒険者と捕食者

 シメた。


 ファーカーは降ってきた幸運に感謝した。ベアトリスもあの冒険者も外に出て、ファーカーなど気にしてもいない。

 村人からの報復で何をされるかわかったものじゃない。逃げるが勝ちというやつだ。今行くしかない。


 這うように走り出し、蹴られた腹を抑えながら外に出る。外はパニックになっているのか逃げ惑う者たちばかりだった。


 ファーカーはその混乱に紛れるようにこっそり村から出ようとする。誰もいない暗闇の中をヨロヨロと走った。


「くそっいてぇ……ベアトリスのやつ、覚えてろ」


 昔から大きな顔をして目障りだった。まさか今になっても障害になるとは思いもしなかった。魔法を知り、獣を従え、若者をかき集めてリーダーになったというのに、いざ乗り込まれたらすぐに崩された。忌々しい女だ。


 小さい体のくせに偉そうに。


 暗闇の中で悪態をつきながら逃げていると目の前に小さな二つの光が見えた。


 淡青色の、光だ。


 なんだ?


 残光が線を引き、ふわりと浮かんだ瞬間。


 ファーカーの意識は、跡形もなく砕か・・れた・・




  ○●○●




 混乱の渦の中、レニーは魔弾を撃った。


「離れろ!」


 襲われそうになっていた若者が慌てて離れる。

 レニーはミラージュを引き抜きつつ、クロウ・マグナを前に構えた。


 杖の先には淡青色の瞳を光らせる魔物がいる。

 赤い毛に背中に黒い縞模様。人に似た顔つきをしている。図体は牛ほどにある。人の頭蓋は容易に噛み砕けるであろう。


「マンティトラか」


 あの狼よりはよっぽど特徴が近い。獣の正体はこいつで間違いないだろう。


 トパーズ級の魔物だ。この場にレニーがいたのは幸運だろう。マンティトラは非常に知能の高い魔物だ。


 どういった意図でこの場に現れたのかはわからない。争いの漁夫の利を得ようとしたのか、それともヴァイスを疎ましく思っていて潰すチャンスだと考えたのか。


 まぁどうでもいい。現れたのなら討伐するしかない。


「レニーさん!」

「ベアトリスさんは他の子逃してあげて! こいつはオレが相手をする」


 駆け寄ろうとするベアトリスを手で制し、マンティトラと距離を保ちながら睨み合う。パール冒険者のベアトリスでは対処は難しい。レニーでやるしかない。


 マンティトラは牙を剥き出しにしながらその四脚に淡青色の炎のようなものを纏わせる。そして吠えた。


 魔法だ。マンティトラにおける爪を使った攻撃のための熱の付与魔法だ。切り裂かれるとそこから燃えだす。


 マンティトラは飛びかかるタイミングを窺っているようだった。


「……さっさと片付けるか」


 ミラージュを逆手に持ち、魔力を全身に巡らせる。

 大きく後ろにミラージュを構え、自分の身で隠した。クロウ・マグナはホルスターにしまう。そして左手を脱力させる。


 下手に相手に自由を与えられない。被害を抑えるためにもレニー自身に釘付けにする必要がある。攻撃を待ってカウンターを狙う。


 ゆっくりとマンティトラが姿勢を低めていく。揺らぐ淡青色に意識を集中させる。レニーの体は鎧に覆われているわけでも強靭なわけでもない。まともに食らえば危ういのはルビーになっても変わらない。


 ゆえに目の前のひとつひとつの変化を注視した。


 いつ来るか。その時をただじっと待つ。


 沈黙から飛び出すように、荒い息遣いがレニーの耳に響いた。対峙しているマンティトラのものではない。警戒をしながらも、視線をそちらに向ける。


 もう一匹のマンティトラが真横からレニーに襲い掛かってくるところだった。


 視界の端でレニーと対峙していたマンティトラも動き出す。


「なっ……!?」


 目の前のマンティトラに対処しても間を縫うように襲いかかる二体目のマンティトラの攻撃は凌げないだろう。


 普通なら。


 レニーの足元から影の槍が突き上がり、乱入してきたマンティトラを串刺しにした。そして襲いかかるマンティトラにミラージュを振るってカウンターを行う。影を纏わせてバフをかけたミラージュはいとも簡単にマンティトラの体を両断した。


 斬り抜けて、振り返る。


 影の槍が解除されて地面に落ちるマンティトラ。そして真っ二つにされて転がったマンティトラの死体。


 体に穴を空けながらも生き残ったマンティトラはレニーを睨む。


 瞳の奥に深い憎悪が感じられた。


 時が止まったかのように互いに動かずにいた。


 やがてマンティトラのほうがバランスを崩し、ゆらりと両断したマンティトラの上半身に重なるように倒れた。


 レニーはミラージュを納める。そこにベアトリスがやってきた。


「状況は?」


 レニーはベアトリスに視線を向け、聞く。


「周りを軽く見たが他に魔物はいなさそうだ。ヴァイスの連中は建物の中に逃げてもらっている」


 それからベアトリスは目を伏せる。


「ファーカーは死んでいた。首から上を食い千切られていた」

「ふーん。ま、あとから来たアイツにやられたのかな」


 レニーは二体のマンティトラの元へ歩いていく。


 間近で呼吸を確認するために。


「レニーさん。そいつらが獣の正体、なんだな」


 マンティトラに近寄って確認をし、ベアトリスに振り向く。


「ま、そうなるね。ファーカーは模倣犯ってわけだ。襲われる回数が減ったとしても犠牲者が出続けないとヴァイスがでかい顔できる理由も薄れるからね。狼で調整してたってところだろ。最期は本物に食い殺されたってわけだ」


 ──そんな話していると。


 レニーの影がより一層濃くなった。レニーの後ろを見ながら、ベアトリスの顔が青くなる。


「れ、レニーさ……」

「知ってるさ」


 クロウ・マグナを引き抜き、後ろに魔弾を撃つ。

 それで、レニーの頭蓋を食らおうとしていたマンティトラの口内を魔弾で撃ち抜いた。


 背後を確認する。

 仰向けにマンティトラが倒れ、痙攣し、やがて動かなくなった。


 レニーはクロウ・マグナを指でくるくると回し、ホルスターに納める。


「これにて解決、かな?」


 そして、夜が明けていった。


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