冒険者とボス

 レニーとベアトリスはヴァイスの村にたどり着いた。

 このまま親玉のところまで案内してもらって、話をすれば問題のひとつは解決するだろう。


「……おい」

「はいぃ」


 ベアトリスが若者のひとりを睨みつける。すっかり痛い目をみた若者たちは、怯え切っているようだった。戦う前までベアトリスを舐めていたような様子だったが、態度は一変している。


 視線がやたらレニーにも向けられているが。


「あれはなんだ」


 ベアトリスが指差す先に、畑仕事をする若者の姿がある。普通の仕事であればいいが、やけに疲弊している。


「下っ端に働かせてるだけだよ」

「下っ端ァ?」


 ベアトリスの視線が鋭くなり、若者が怯える。


「あの子はジョンだろ。真面目な子で、最近親御さんが心配してた」


 袖で額の汗を拭う少年を指差す。


「あそこにいるのはドゥウだな。気弱だが優しい子で牛の世話がうまい。なんで肉体労働させている? 望んでここにいるんだろうな?」

「そそ、それは」

「望んでいるのならいいんだ、若いうちはやんちゃするのも仕事だからな。もしそうでないなら、わかってるなリンジャー」


 声を低めるベアトリス。リンジャーと呼ばれた若者は首をぶんぶんと振る。


「お前は昔から悪いことを格好いいと思っている節がある。あまり人様に迷惑かけるな」

「わ、わかってる」

「わかってたらヴァイスなんか入ってないだろうがな」

「う、うぐ」


 肩を縮こまらせ、少しだけ距離を開ける若者。

 レニーはその様子を見て、笑みを浮かべる。常駐冒険者は地元の人間と顔見知りであるから、知っている人間も少なくない。


 ヴァイスという不良集団ができても、叱れる大人がいるだけでだいぶ変わるだろう。


「全く。獣の抑止になるし、最初はこんな横暴ばかりでなかったのだがな」


 愚痴をこぼすベアトリス。

 自警団というのは暴走しやすい。言ってしまえば素人の集まりであることも少なくないからだ。情報に踊らされることもあれば、権力を得たと思って増長する場合もある。


 原因は様々だが、集団そのものが堕落した結果だ。


「……ここだ」


 家の前にたどり着き、集団で止まる。


「リーダーを怒らせたらアンタでも殺されちまうかもな」


 ベアトリスにそういいながらリンジャーは扉を指さした。

 レニーは迷わず前に出て、扉のノブを掴んで回す。


 開いた。


 中に入ると薄暗い広間の中心で、ソファに座っている男がいた。


 角刈りでかなりガタイがいい。毛皮できた服を身にまとっており上半身がやや膨らんでいるようなシルエットだった。


「よぉ、ベアトリス。そいつが助っ人か」


 レニーは相手の名を呼ぼうとしてベアトリスに振り向く。


「ファンキーだっけ?」

「ファーカーだ、レニーさん」


 あからさまな舌打ちが響いた。

 家に入ったのは二人だけで扉が閉められる。


「いい加減うざったらしかったところだ。ちょうどいい、ここらで消えてもらおうか」


 ファーカーが指を鳴らすと背後から獣が出てきた。赤褐色の毛を持つ、狼らしかった。


 狼をファーカーが撫でると、その体は膨張し、歯も剥き出しになる。

 おそらくバフだろう。


 獣使いか。


「その獣で、村人を襲ってたわけか」


 レニーの問いかけに、ファーカーは自慢げに口の端を吊り上げた。


「そうだと言ったら?」


 獣を睨む。涎が口から流れ出て、今にも喰らいついてきそうな勢いだ。クロウ・マグナに手をかける。


「獣からみんなを守る名目で、裏で殺しをしてたってことか、お前は」


 拳を握りしめ、ベアトリスが前に出た。


「あぁ。面白かったぜ、特に女はよ。ベアトリス。一応アンタも女だし、どんな反応をしてくれるか、楽しみだぜ」

「……他のメンバーは知ってるのか」

「あぁん? ほとんどは知らねえな。バフをかけなければただの狼だ。それに、知ったやつには死んでもらった」


 ベアトリスとレニーを指さす。


「つまり、アンタらにも死んでもらう」


 なるほど、部屋にファーカー以外いない状態なのはその為か。


「行け」


 命令を受け、唸り声を上げながら狼がベアトリスに飛びかかる。


 ベアトリスは無言で踵を上げると、その狼の額に叩きつけた。


 悲鳴と共に狼の顔が床に埋まる。


「……へ?」


 勝ち誇った笑みを残したまま、ファーカーは疑問の声を漏らす。


「……随分と舐められたものだ。私が何年ここを守っていると思っている?」


 ベアトリスは狼から足をどけて、ファーカーを見下す。狼は気絶しているようだった。膨らんだ体も今は萎びている。


 前に進むベアトリスに、レニーは続く。


「く、調子に乗るなよ!」


 ファーカーは手のひらを前に突き出し、魔法を発動させた。巨大な魔力の爪で、敵を切り刻むものだ。


 ベアトリスが前に突っ込むと爪をくぐり抜け、ファーカーの鳩尾に蹴りを突き刺す。


「ごは!?」


 床を転がり、そして壁に激突するファーカー。力なく座り込み、ベアトリスを見上げた。


 パール冒険者といっても魔物を相手にできる身体能力を持っている。人数で圧されたり、武器もない状態でもなければ、パール冒険者は不良程度やただの獣相手なら負けることはない。


 丸腰の村人なら狼が恐ろしいのは確かだ。しかし武器を持てば話は違ってくる。恐ろしいのは変わらないが戦うことができるからだ。先ほどの狼はおそらく非武装で弱そうな人間しか狙っていなかったのだろう。鍛えられた狼にしては弱い。ちゃんとした獣使いの連れている狼ならもっと狡猾な動きをするであろう。


 スキルツリーが貧弱な狼に、限界までバフをかけたところで魔物と比べたら鼻で笑ってしまうほどの強さだ。子どもが腕力を大人並みになったところで大人には敵わない。総合力で劣っているからだ。魔物を相手にすることのある者からすれば対処は可能である。


 ファーカーの魔法も突発的だ。たまたま適性があって、撃てるだけだろう。まともに喰らったとしても、死ぬことはない威力なはずだ。


 冒険者になりたてですぐ死んでしまう者はわりと村だと珍しい魔法を苦労なく習得できていたりするものが多い。村単位の希少性で自らが才能があると思って思い上がるからだ。理解度の低く洗練されていない技術に甘えると驚くほどに形だけになる。


 ファーカーはそれだ。


 ベアトリスの敵ではない。


「覚悟は、できてるだろうな」


 怒りで身を震わせたベアトリスに、ファーカーは冷や汗をかく。


「ま、待て! は、話をしよう」

「ファングネイル」


 ベアトリスが片手を振るい、魔法を発動する。ファーカーを避けて、壁に巨大な五本の爪痕ができる。


「お前が使った魔法なんて、私でもできる。狼ごとみんなの前に引きずり出してやる……覚悟しろ」

「ひ、ヒィ! か、勘弁してくれ! お願いだ!」

「お前、散々やっておいて許してもらえるとでも……」


 ベアトリスの言葉は続かなかった。外で悲鳴があがったからである。そして扉を開けて、リンジャーが入ってきた。


「リーダー! 獣だ! 獣が出やがった!」


 ベアトリスが振り返り、目を見開く。


「なに!?」


 レニーは静かに、その目つきを険しくさせた。



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