冒険者と質の暴力

 扉が何度も叩かれる。


『おい! いるのは――』

「はいはい」


 レニーは扉を開け、若者が言葉を失う。その金的めがけて蹴りを入れた。


「おひっ!?」


 うずくまる若者の隣を通り過ぎ、外に出る。


 若者の集団が、建物を囲んでいた。たいまつの火が闇夜に何本もゆらめいている。真正面には昼に裸にした青年たちが恨めしそうに睨んでいた。


 そして。


「ごめんなさーい! お金じゃどうにもなりませんでしたぁ!」


 店員が人質にされていた。泣きながら謝るあたり、性格のよさそうな子だ。


「俺らヴァイスに舐めた真似してくれたじゃねえか。こいつの命が惜しかったらな、大人しくしろ!」


 刃物を首筋に当てられる店員。恐怖のせいか涙を流し、呼吸も荒くなっている。


「卑怯だぞ、おま……あぅ!」

「ぐえっ」


 ベアトリスが蹲っている若者につまずいて跳び出てくる。地面に口づけしそうになったところでレニーが襟首をつかんで引っ張り上げる。


「あわわわ」


 顔が真っ赤だった。


「すっ、すまない」

「どういたしまして」


 勝ち誇った顔で笑っている青年たち。


 人数はざっと二十人くらいか。


「武器を捨てろ!」


 レニーはミラージュクロウ・マグナを抜く。ミラージュは置き、クロウ・マグナは高く前方に放り投げた。


 両手を挙げる。


「はぁ――全く」


 魔力を足に集中させる。希少な繊維鉱物であるマナファイバーが編み込まれた靴。そこに魔力を注ぎ、効果を発動させて脚力を強化する。


「だから、なんだっていうんだ」


 加速する。落ちかけのクロウ・マグナを拾って人質を取っている青年に接近を済ませる。


 相手からはレニーが消えて、目の前に現れたように見えただろう。


 そこらの不良青年と冒険者では身体能力も装備も、魔力の操作技術も圧倒的な差がある。


 人質をどうこうされる前に、認識しきれない速度で近づけばいい。


 まず、人質をとっているから動けないだろう、言うとおりになるだろうと思っている。それがまず間違いだ。


 交渉は成り立たない場合もある。今がそれだ。

 手首を掴んで人質から刃物を離す。


「なっ、てめっ? いつの間に」

「今の間に」


 クロウ・マグナを相手の足元へ向ける。

 そして、威力をなるべく抑え込んだ魔弾を撃った。


「いってぇ!」


 跳ね上がる相手に構わず、もう一度魔弾を撃つ。


「ひぃ!」


 手首から手を離し、刃物を叩き落として鳩尾に魔弾を叩き込む。


「おげぇっ」


 魔弾で相手が吹っ飛び、背中で地面を滑る。そして倒れたことを確認し、店員に言う。


「ベアトリスさんのとこ行ける?」

「は、はい」


 ぱぁっと表情を輝かせて、ベアトリスに向かって走り出す。


「おい待っ……」


 店員を捕まえようとした青年を魔弾で撃つ。両肩、そして脇腹。


「おぎゃあああ!」


 痛みに叫びながら地面を転がる。


「ベアトリスさん!」


 店員がベアトリスの下にたどり着き、ベアトリスが抱きとめる。


「怪我はないか」

「はい」

「よかった」


 ベアトリスは蹲っている若者の服を掴むと、片手で投げ飛ばした。他の若者が密集しているところへ投げ入れる。若者の何人かが反応できずに下敷きになった。


「うぉおお!」


 体格のいい青年がレニーに突進してくる。レニーよりひとまわりくらいは大きい。


「やっちまえ!」

「しゃぁ!」


 周りから声援を受けながら青年はレニーを掴もうとする。


 が。


「よっ」


 下から青年の顎を蹴り上げた。簡単に体が宙を舞い、そして落ちる。


「ぐは……」


 気絶した。


 若者たちがわざめく。


「嘘だろ」

「なんだよあいつ」


 レニーはクロウ・マグナを担ぎつつ、声を張り上げた。


「さ、まだやりたいやつはいる? もしいないならこっちのお願い聞いてほしいんだけど」


 言いながら、こっそり逃げようとした者に魔弾を撃ちこむ。


 全員生きてはいる。気絶か、痛みに悶えるかしているが。


「逃げるなんて寂しいじゃないか。ナカヨクしようよ」


 ニコニコとレニーが語り掛ける。若者たちはすっかり戦意を失っていた。


「ね?」

「は、はいぃ」


 一番近い若者に同意を求めると、若者は姿勢を正して何度も頷いた。

 力に溺れる人間は、力に屈する。


 暴力には暴力量より質だ。

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