冒険者と復元
数日後。レニーが病室で休んでいたときのこと。
「――呼ばれてないのにジャジャジャーン!」
突然病室の扉が開けられたかと思えば、女性が中に入ってきた。遅れて、ため息を吐きながらモートンが入ってきて、扉を閉める。
「ちゃんと呼んでる」
「じゃあ、呼ばれて飛び」
「静かにしろ。患者の前だ」
レニーが呆気に取られていると、女性が近づいてくる。
車椅子に座っていた。自動で車輪が回転して……恐らく魔力で動かしているのだろう。修道服に似たデザインの暗い赤色の服装に、深紅の髪を三つ編みで後ろ一本でまとめており、朱色の瞳を持っていた。
「やぁやぁ、僕はドレマ・ジャミド。お名前聞かせてもらっても?」
「……レニー・ユーアーン」
ぱっと表情を明るくさせて、ドレマはレニーの肩を叩いた。
「レニーくんかぁ! 君ィ、ベルセルクにボコボコにされたんだってぇ!? 災難だったね、あっははは!」
「はぁ」
「僕は右腕を診に来たのさ。よろしくね」
「どうも。よろしく」
場にそぐわないハイテンションに面食らいながらも頭を下げる。
「さてさて、早速右手みせてもらうよ。貴重なサンプル……ぐへへ」
両手の指をせわしなく動かしながらレニーの右手を魔法で持ち上げる。そして、車椅子の背中のポケット部分から人でも撲殺できそうな大きな魔導書を展開させて、レニーの右腕を見始めた。
「……ふむ」
「どうだ」
「右腕じゃないねこれ。記録だ」
レニーは首を傾げる。
「記録?」
「そう。右腕の情報が記録された保管庫といいましょうか。右腕カッコ仮といいましょうか。数週間で元に戻るようにはなってそうだけど……まぁとにかく、必要なのは治癒魔法じゃなくて復元魔法だね。ヒーラーじゃ無理だ」
レニーは言っていることがまるでわからなかった。頭に疑問符が浮かぶ。その様子を察したのか、ドレマは咳払いする。
虚空に半透明の球体が見えたと思えばそこに
ゴーレムには右腕に該当する部分がなかった。
「ゴーレムちゃんで例えよう。右腕がないよね? 右腕がどういう状態だったかの原形がないから右腕を再生することはできないんだ。治癒魔法でゼロから再生することは
戸惑いながらも頷く。
「今レニーくんの右腕は右腕になる
ゴーレムの右肩に枝が生える。
「このゴーレムちゃんの枝に泥をつけていけばゴーレムちゃんの正式な右腕になる。この枝がレニーくんの現状の右腕になる。この枝に該当する部分が、右腕の記録というわけ。枝に泥を固めていけばいいだけだから、右腕の形自体は決まってるだろ。だから枝さえあれば再現性が生まれるから、枝がくっつけられた状態というわけ」
つまり右腕を完全再生されたわけではなく、「右腕になる種」を植え付けられたというのが正しい状態なのだろうか。と、レニーなりの解釈をしてみる。かなり高度なことをされているのだろう。
「理解できたかな?」
「うーん、なんとなく」
「あっははは! マッ、理屈こねくり回しても治れば全部同じさ! どれ、復元してあげよう。この僕がね!」
ゴーレムを解体され、マジックポーチに入っていく。ドレマは両手をかざして、魔力の膜でレニーの右腕を包んだ。すると右腕が、紙を透かすように薄れ、びっしりと呪文の刻まれた姿になった。そこから呪文が消えていき、右腕に戻っていく。
それが終わると、ドレマは満足げに頷き、大きな魔導書を車椅子のポケットに収納した。
「ほい、右腕戻ったよん」
右手を動かしてみる。
普通に動かせた。嘘のように。
「――ありがとう」
「どーもどーも。まぁ、数週間かかるものを数秒にしただけだから? まぁとても、とても凄いんだけれども」
「あーうん。凄い、言葉にできないくらい凄い」
レニーが適当に褒めると、ドレマは上機嫌になった。
「だろう!? いやぁレニーくんはわかってるね。僕の弟子にならない? 僕と
「ドレマ」
早口になるドレマを、モートンが諫める。レニーは肩を上げる。
「……悪いが、ソロでやってくつもりだ」
「そうかいそうかい。じゃ、これはレニーくんに返さなきゃいけないわけだ」
懐のマジックポーチから紙を取り出す。見たところ魔法が刻まれている魔法紙のようだった。
「ちょっと読んで記憶するから待ってなされ。フムフム……オッケーラーニング完了」
さっと紙を差し出される。
「いや、オレ魔法紙なんて持ってないけど」
「残存していた魔法さ。その右腕には魔法でレニーくんの右腕としての記録が詳細に残されていた。僕がやったのは治療じゃなくて、記録からの復元さ。ついでに右腕に残っていた魔法を取り出して、魔法紙に
ベルセルクを倒すときにスカハが何か魔法を使ったのだろうか。紙を受け取る。
ドレマはぺらぺらとさも簡単なことのように言うが、右腕の復元もその右腕から魔法を取り出すのも、意味が分からな過ぎて頭がついていかない。
元冒険者のフリジットの仲間のモートンの繋がり……というか、医者のモートンが訳のわからない状態だった右腕を解決できると呼んだ時点で結構規格外な人物なのかもしれない。
「結構ヤバめの魔法だから使い道はちゃんと考えるように」
「……わかった」
ドレマは強く頷いた。
「レニーくんなら大丈夫そうだね」
「この短い時間でよくわかるね」
「わかるさ。何せ僕は大魔導士だからね」
瞳の中にいくつもの魔法陣が見えた。魔法でも発動しているのだろうか。
「ドレマはソロのサファイア冒険者だ。世界中を飛び回っている。フリジットやわたしの元パーティーメンバーでもあるしね。自称じゃない、本当に大魔導士だ」
サファイア。フリジットたちよりもさらに上。先ほどからの発言のぶっ飛び具合から納得してしまった。
「ふふん、大天才ちゃんなのだ。雷霆の大魔導士、ドレマちゃんとは僕のことさ」
胸を張って、自慢げに言うドレマ。
「それじゃ、僕これから用事あるから。お大事に~」
ドレマは手を振ってから車椅子を操作する。
「え? あ、うん。ありがとう」
背を向けるドレマにレニーは頭を下げた。ドレマは扉に向かう途中一度だけ振り返る。そして一言。
「レニーくんに幸あらんことを」
舌を出して、今度こそ扉を開けて病室を後にする。嵐のように、ドレマは部屋を去っていった。
残されたモートンの、深い、深いため息が部屋に響いた。
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