冒険者と告白

 カフェで、フリジットはルミナと一緒にお茶を楽しんでいた。紅茶と共に、茶菓子を食べている。


「……フリジット」

「なぁに」


 ルミナが眉間に若干シワを寄せながら、深刻そうに名前を呼んでくる。


「ボク、レニーが退院したら。告白、しようと思う」


 フリジットは笑顔のまま、ルミナの言葉の意味をゆっくりと頭の中で反芻させた。

 理解が追いつくまで数秒かかった。


「決め、たんだ」


 どう返すか迷って、捻り出したのはそんな言葉だった。

 ルミナは強く頷く。


「受け入れてもらえるか、わからない。けど、レニー、死にかけて……思った。ボクの気持ち、知られないままなの、いやだ」


 キュッと拳を握りしめながらルミナが言う。若干声が震えていた。


「怖いけど、がんばる」

「……そっか」


 フリジットはしばらく紅茶を飲みながら考え込んだ。告白するルミナを応援するだとか、自分もしなくてはという焦りは不思議と出なかった。


「……フリジット、は。どう、する?」

「そうねぇ……」


 頭の中でチャンスは他にあるんじゃないかと思ってしまう。ただチャンスはいつ来るのか、全くわからない。


 ルミナのようにレニーへの気持ちを知られないまま終わるのが怖いかと言われると、それは正確ではないような気がした。


 目をつぶってレニーの顔を思い出す。

 恋人のフリから始まってレッドロードの一件があって、それからもいろんなことがあった。

 居心地が良くて、気が楽な相手。


『オレには何もないからじゃないかな』


 いつかの空を思い出す。


 フリジットの望むこと。報われてほしいヒト。


 それを頭の中で整理をして、フリジットは笑う。


「なんなら一緒に告白する?」


 フリジットが提案すると、ルミナが頷く。


「ふたりだとちょっとだけ気が楽、かも」


 きっと、チャンスなんて一生来ないのだろう。来ないのなら、待たずに動いてしまったほうがいい。




  ○●○●




 レニーは退院した。

 右腕以外は貧血症状だけだったらしく、数日の経過観察を経て、退院が認められたのだ。冒険者として仕事を再開したが、特に問題なく過ごせている。


 生活も落ち着いたと感じるある日のことだった。


 大事な話がある、と。フリジットとルミナから言われて。


 人気のない路地にレニーは連れてこられた。ルミナはひどく緊張した様子で両手の指を絡ませて動かしている。


 フリジットも肩に力が入っているようだった。


 フリジットとルミナは目を見合わせてから、並んでレニーと向き合う。


「……えと、話っていうのは」


 すぅ、とルミナが息を吸うと一歩前に出た。


「レニー」

「なんだい」

「好き」


 風が、吹いた。

 リンゴのような顔と、震える唇と真剣な眼差しと、それで「好き」の意味を考える。

 心臓の音がうるさくなり始めた。


「レニーが、好き。男の人として、ちゃんとレニーが、好き」

「ルミナ……」


 名前を呼ぶのが精一杯だった。顔を直視できなくて、目をそらす。その先には笑顔のフリジットがいた。


「ふふん驚いた?」

「え? あ、うん……」

「ついでにもう一つ驚いてもらいます。ズバリ、私もここにいる理由です」


 ぐいっと、歩み寄って、フリジットはにこやかに口を開く。


「レニーくん、大好きだよ」


 囁かれて頭が真っ白になった。

 レニーは黙り込む。


「ずっと好きだった」


 ルミナが語りだす。


「同じ、ソロで。気遣ってくれる、レニーのこと。大好きだった。けど、踏み込むのが怖くて、言えなかった」


 でも、とルミナは上目遣いにレニーを見る。


「今回は、本当にいなくなるんじゃないか。って怖くて。だから、ボク。伝えられなくなる前に、伝えたかった」


 少しだけ身を震わせながら、思いのたけをぶつけられる。


「レニーがいたから、ボク。楽しくいられた。レニーのことが、ボク、好き」


 一歩下がる。


「ボク、気持ち話すの、得意じゃない。でもレニーに知ってほしかった。ボクもレニーが大事。それだけ」


 そうして、フリジットに目線を動かす。


 フリジットはルミナと違ってひどく緊張している様子はなかった。


「私ね、レニーくんといるの居心地がいいの」


 目を瞑って、思い出すように言う。


「恋人のフリだなんて、変な始まりだったけど。レニーくんの冒険者としての仕事を見て、無茶をする君を見て、もっと自分を大切にしてほしいと思った」


 寂しげに、目を伏せるフリジット。


「だって、レニーくんの中でレニーくんの価値はあまりにも低いんだもの」

「それは」

「オレには何もないから――前にそう言ってたよね」


 押し黙る。


「何かを見つけろ、ってわけじゃないんだ。レニーくんだから私、好きになったわけで、だから――ちょっとは支えられたらいいなって」


 細い指を合わせながら胸の前に置く。


「あなたが大好きです、レニーくん。返事は今すぐじゃなくていい、選んでほしいとも言わない。だから、胸に留めておいてほしいの。私の気持ち」


 二人とも、顔を赤くして、レニーの返事を待つ。


 レニーはただ、黙り込んだ。否、言葉が出なかったというのが正しいのかもしれない。


 数秒の沈黙が異常に長く感じられた。


 どちらも、返事を待っている。良好な関係性から一歩踏み出そうというのは薄氷の床に足を出したのと同じようなものだ。踏み間違えるどころか、踏んだ時点で己の大事なものを沈めてしまう羽目になる。


 そも、人間関係というのはそういうものだ。ちょっとした言葉がきっかけで怒りを買い、仲たがいすることもあれば、恋焦がれて、それが実らずに悲しみに暮れてしまうこともある。


 レニーの答えは決まっていた。


 二人との関係性、それを常に考えていたわけではない。考えていなかったからこそ、レニーの答えは決まっている。


 大きく、ため息を吐く。ため息にルミナが反応して、びくりと肩を跳ねさせる。


「あ」


 思わず声が漏れる。


「ごめん。その、違うんだ。ちゃんと答えるから。ちょっと待ってくれ」


 手を前に出して言い訳をしながら、考え込む。


「答えは決まってるんだ。だから、待ってほしい。心の準備と、どう話せばいいか、考えさせてほしい」


 ――怖い。


 レニーが人生で最も怖いと思う瞬間を挙げるとすれば、間違いなく、この二人に自分の本心を告げるこの瞬間だと言えるほど、レニーは自分の言葉を吐き出すのが怖かった。


 楽しいのも、居心地がいいのも、それはレニーも同じだからだ。


 そして、意図的に・・・・踏み出していなかった薄氷の上に、レニーは今、踏み出さなければならない。


 目を瞑る。


 そして深呼吸をする。


 ゆっくり息を吐いて、胸に手を当てて、そうして目を開く。


 ちゃんと、見る。


 そして口を開いた。


「オレは、どっちとも付き合えない」


 でも、待ってほしい。


「二人が真剣に考えて、オレに話してくれたのはわかる。だから、オレの、気持ちの話も聞いてほしい。真剣に、話をするから」


 ごくりと唾を呑み込みながら二人は頷いた。

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