冒険者と入院
レニーが生還……というより復活を果たして翌日のこと。
「ひとまず入院だ」
医者のモートンが経営する病院。その診察室にて、レニーはそう言われた。清潔さを最優先デザインされたシンプルな部屋の中で、レニーは眉をひそめる。
「いや、平気」
「入院だ」
「でもそんなに」
「入院だ」
「仕事自体はできそうだし」
「入院だ」
「…………ハイ」
レニーは視線をそらしながら、渋々頷いた。
「右腕は今動かないだろう」
斬り落とされて取り返しがつかなかったはずの右手は再生していた。ただ、復活したばかりのときは動いていた手が、今は全く動きもしない。
感覚が非常に薄かった。
「その右腕は
「まぁ、あるだけマシというか」
スカハは全部治るようにすると言っていた。それを考えれば、時間経過で治るか治す方法があるのだろう。
食われて一生さよならよりは断然マシだ。
「右腕は魔法専門職に診てもらわないと詳細がわからないな。後日連れてくる。ヒーラー経験アリとはいえ、医者の診れる範疇ではなさそうだ」
「そうなの」
モートンは頷く。
「なんらかの魔法的な処置が施されている。解析をかけたが人体構造上の右腕ではない」
右腕に視線を落とす。外見上はどこからどう見ても右腕だがハリボテということなのだろう。
「右腕の治療目処が立つまで入院だ。貧血はほぼ間違いなくあるだろう。部屋は用意してある。よく食べてよく寝たまえ、以上」
「はぁ」
「ちなみに食事のときは右利きかね?」
「へ? あ、あぁ。右だね」
「なら食事介助者が必要だな。頼めそうな知人はいるか」
レニーに血縁者はいない。答えは決まっていた。
「いない」
「声をかけておこう」
「いやそこまでしなくとも」
「医者の言うことは聞け」
「…………ハイ」
逆らえない。
○●○●
個室でベッドに横になっている。頭の方の角度を調整でき、食事時と食休め時と就寝時用の三段階に調整できるベッドだった。ベッドにはサイドテーブルが横付けされており、そこには昼食がおかれている。
量は少なめで栄養バランスが重視されているようだった。
レニーはその先へ視線を動かし、こう思った。
――前もこんなことあったな。
笑顔のフリジットがスプーンにスープをすくって、レニーに向けていた。
「……あー」
口を開いて、食べ物を入れられる。正直、おいしくはなかった。酒場の味が恋しい。
「素直でよろしい。今日の夕食時はルミナさん来るからね」
「……キミら、そこまでしなくても」
「レニーくん。私たち嬉しいの、レニーくんが生きててくれて」
フリジットが目を細める。
「だから、ね。一緒にいたいだけ」
「……そ、そう」
真っ直ぐ、心の底から嬉しそうに言うフリジットに、レニーは何も言えなかった。静かに、食べさせてもらう。
「……怒らないの?」
上機嫌なフリジットに、レニーは聞く。
「どうして」
「いや、死にかけたっていうか、ほぼ死んだし」
「無茶してないし。ベルセルクなんて不幸としか言いようないからね」
それとも、とフリジットは耳元に口を近づける。
「叱られたい?」
「……イエ、ダイジョウブデス」
うふふと楽しげに食事をレニーに食べさせるフリジット。いつにも増して明るかった。
耳に残るくすぐったさにむずむずしながら、レニーは胃の中に食事を入れる。
「ベルセルクの一件。報告はしたの?」
「うん。ベルセルクは私が倒したことにして。レニーくんは右腕を怪我しただけってことにした。あの調子なら普通に倒せたしね」
「いいのかい」
「急にレニーくんが地面から生えてきてベルセルクを一撃で仕留めましたー! のほうが疑われるよ」
それもそうか、と納得する。
「あのスカハは?」
フリジットに聞かれ、レニーは記憶を思い出しながら答えた。
「スキルツリーにくっついた魂の一部、らしい。よくわからないけど」
「念のため聞くけど、危険じゃないんだよね」
「平気。今まで会話なんてろくにできてないし、あれからも会話できていない」
「死にかけたから発動する効果、みたいなものなのかな」
「ま、そういうものなんじゃない?」
答えのわからないものをいくら考えても答えは出ない。とりあえず落ち着けそうな答えがあるのならそれに落ち着いておくだけだ。
世の中、全て理解する必要はない。
「レニーくんはなんであそこで戦おうと思ったの?」
「あそこ?」
「ほら、ベルセルクと。スカハが一撃必殺サービスとか言ってたから、レニーくんが望んだことなんでしょ」
スカハと同じ質問だった。であれば、レニーの答えも同じだった。
「フリジットも、ベルセルクも辛そうだったから」
「……ベルセルクも?」
「オレは……ベルセルクがなんでああなったのか毛ほども知らない。けど、戦うのが苦しそうに思えた。オレが戦えばいくらか戦う時間は短くなるだろ? だから、助けられないけど、終わらせられるならそれがいいのかなって」
ベルセルクにとっては、あの戦闘能力は生への執着だったのかもしれない。けれど己を見失ってただ戦って食らうだけのモンスターになってしまったあの状態は、果たして望んでいた生き方だったのだろうか。
レニーに正解はわからない。ただ、終われたほうが、気が楽なんじゃないかと、なんとなくそう思っただけだった。
「夢みたいなところでふたりの戦いを見れたんだ。その時、オレ自身が戦ってるときは余裕がなくて気づかなかったあいつの顔が見えて、それでフリジットの顔も見て、行ったほうがいいんじゃないかなって」
「……そっか」
フリジットは納得したように頷く。
「レニーくんらしいや」
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