冒険者と黒い腕
『てめえみたいな役立たず俺達の囮になれるだけありがたく思え!』
やめてくれ。
『恨むなよ、生き残るためだ』
やめてくれ、おいて行かないでくれ。
死にたくない。生きたい。殺されたくない。
『や、やだぁっ……助けてっ、助け——あぁああああ!!』
肉の食い千切られる感触、迫りくる死の恐怖——ひとりで死ぬことの、身の割くような痛み。
いやだ。死にたくない。
やりたいことがたくさんある。こんなところで終わりたくない。
誰も助けてくれない。
『クソォオ!』
死にたくない——だから殺してやる。
『ガァ、ぐぅううう! 死ね! 死ねぇ!』
殺して奪って、食らってやる。
どんなやつでも、どんなものでも。邪魔するものは全部。
全部全部全部。
……。
……………。
…………………。
…………………オレハ、
————ダレダ?
○●○●
今までにないほど強い咆哮だった。
防御姿勢を取っていたフリジットが軽く後方へ飛ばされる。踏みとどまって、相手の動きを見据えた。
全身ビリビリと痺れが来る。骨が軋む。周りの木々もざわめいて、そして泣き叫ぶ。
嵐の中にでもいるかのようだった。
「すぅ……」
肺を膨らませて、拳を一気に振るう。気合で、咆哮の余波を弾く。
「……はぁ……」
右拳に魔力を集中させながら、構えた。
「ァアアアア!」
「……五月蝿いっ!」
拳を突き出し、拳圧にのせた魔力で咆哮を中断させる。
「そろそろ、終わらせる」
フリジットは拳を突き合わせる。ガントレットが蒸気と共に鐘のような音を響かせた。
「ダァアアアア!!」
叫びながらベルセルクの影が槍のように飛び出して、フリジットに迫ってきた。
どう考えても影を操るスキルはベルセルクのものではない。
レニーのものだ。
「スキルイーターまであるのこいつ!?」
食らった対象のスキルを獲得することがある強力なスキル。かなり過酷な環境で毒でも何でも食らってこなければ、そしてそれで生き残らなければ得られないスキルだ。
歯噛みをしながら、迎え撃つ準備をする。
——が。
影の槍は途中で軌道を変え、明後日の方向に消えた。ベルセルクがその方向を向き、フリジットも視線を動かす。
影の槍は、揺れ動く影に呑み込まれた。水たまりの中で何かが動いているように、影が動いている。
やがて。
——ごぽり、と。
影が膨れ上がる。ゆっくりと影を突き破って人が出てくる。
クロウ・マグナだ。
「……レニー、くん?」
生きてた、という喜びよりも戸惑いが勝った。なぜなら彼の右手は真っ黒に染まっており、そこから白い光が弾けて点滅を繰り返している。
髪色も、違う。瞳の色も深みが増している。そして何より浮かべる表情が決定的に違った。
黒い手を差し出すように前に向け、唇が開く。
『 おいで 』
ナニカが、混ざった声だった。
「ぐぎぎ……グオオオオオオ!」
一瞬怯んでいたベルセルクだったが、斧を振りかぶって突撃した。
レニーは全く動かなかった。ただ、かざした手をベルセルクに向けているだけ。
『 ごめんね 終わらせるくらいしかできなくて 』
斧が振り下ろされる。レニーの右手は届いていない。
当たり前だ。斧の間合いを考えれば嫌でもわかる。
だが、その瞬間、レニーは右手の指の人差し指だけをベルセルクに向け、親指を立てた。
そして白い光が指先に出る。
『 バァン 』
音はなかった。
ただ、ベルセルクの全身から後ろに向かって黒い無数の棘が飛び出した。斧はレニーには当たらず、地面に落ちる。
膝から崩れるベルセルク。その姿を悲しそうに見つめて、レニーは呟いた。
『 おやすみ ゆっくり休んで 』
装備を残して、ベルセルクの体が黒い砂粒になって消えていく。
黒い右腕は、普通の右腕になっていた。左腕と違い、袖が千切れているのでむき出しだった。
レニーがこちらを見た。フリジットは構える。
「誰、あなた」
『 スカハ 』
髪を払いながら、言われる。
『 レニーご希望の一撃必殺サービス たぶん今回限りだから安心してね 』
先程のベルセルクへの態度が嘘のように柔らかくなる。ウィンクまでしてくる始末だった。唖然とするフリジットに、スカハは続ける。
『 出ていられる時間がもうないから 戻るね 』
「え? ちょっと待って」
『 えーレニーに早く戻ったほうがいいでしょ? 』
フリジットの返事を待たず、手を振るスカハ。黒髪の色が抜けつつあった。
『 バイバーイ 』
そしてフリジットの理解が追いつく前に、容姿がレニーのものに戻った。黒髪は脱色したかのように桃色に。紫色の瞳は明るさを増した色に。
ぼうっとその姿を見る。
諦めていたものの全てが、そこにいた。
「……うん?」
レニーは後頭部をかきながらベルセルクの残した装備を見る。それからフリジットの姿を確認した。
「終わった?」
レニーが装備を指差しながら聞いてくる。
「……フリジット?」
視界が歪んだ。
今まで必死にまともに保たせていた思考回路が感情の大波で一瞬で壊れた。
ズボンを握りしめて、ポロポロと大粒の涙が溢れてくる。
「え、ちょっとフリジットさん?」
閉じ込めていた感情が一気に吹き出した。
「あ、あの無言で近づかれると怖いんだけど……!」
フリジットはレニーに抱きついた。そのまま、肩に顎をのせて泣きじゃくる。
「おかえり、レニーくん……!」
「……フリジット」
「良かった。本当に良かった……」
頭に手をのせられ、背中を擦られる。
「ただいま。心配かけたね」
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