冒険者と死前

 目が覚めるとロゼアの受付だった。


「レニー」


 目の前のフリジットがレニーの名を呼ぶ。


「……聞いてる?」

「あーごめん、聞いてなかった」


 レニーが素直に返すと、フリジットは可愛らしく頬を膨らませた。


「もうっ」


 人差し指を突き出して、レニーの頬をついてくる。それを受け入れながら、レニーは疑いの目を向ける。


「……で、なんの茶番なんだいこれは」


 問いに対して、わからないとばかりにフリジットは首を傾げた。


「どーいうこと」

「スカハだろキミ」

「誰よその女」


 静かにフリジット……スカハが否定する。


「この状況になる前の記憶がさっぱりないが、少なくともフリジットはオレを呼ぶときレニーくんだし、スカハを知らないわけないし、周りに他の受付嬢はいない上に冒険者もいない。再現度が低すぎる」

「わーお瞬殺酷評」


 スカハの体を影が包み、そしてフリジットの体ではなくスカハの体になる。黒髪で紫色の瞳をした少女の姿に。


「恋人ごっこでもしようと思ったんだけど。もしかしてボクっ娘の方が良かった?」

「……キミ、少し成長した?」


 レニーが額に手を当てながら問うと頷いた。レニーが記憶しているよりも背が伸びて大人びて見えたからだ。


「おかげさまで」

「……おめでとう?」

「ありがとう」


 スカハは両手を広げる。


「そしてようこそ、死前の世界に」

「死後じゃなくて?」

「うん。死にかけだけどわたしが治癒処置中」

「キミはスカハ本人?」

「スキルツリーは魂に紐付けられた血管みたいなもので、それをレニーに移植してるの。ついでに魂の一部もあるから……うん、本体ではないけど本人が適切かなー」


 人差し指を虚空で回しながらスカハが説明する。


「ふーん」

「というわけで久しぶり」

「うん。話ができて嬉しいよ」

「でしょー」


 人差し指と中指を立てる、どこかで見たハンドサインをしてくる。


「まぁ治癒が済んだらまた話せなくなるんだけどね」

「オレ死にかけてるの」

「右腕斬り落とされてむしゃむしゃ食べられたし、体は爪で抉られてるよ? あとちょっとでひき肉」

「……うわぁ」


 どうにか傷を治してもらったとしても右腕は取り返しがつかなそうだった。


「心配しないで。全部治るようにするから」

「随分ありがたいサービスだ」

「へへん、感謝しなさい」


 胸を張るスカハを軽い拍手で称える。

 だんだんと思い出してきた。熊の毛皮を被った男に負けたのだった。


「オレどこにいるわけ」

「影の中。ポケットをつくってー影をぱたんと閉じる。かくれんぼ最強技」


 両手で何かを閉じるようなジェスチャーをする。


「オレにもできる?」

「レニーには想像力が足りないかな。もっと鍛えてからじゃないと。あとわたしだから維持できてるだけであんまり役に立たない」

「ならいらないや」

「第二の魔女的なのになる気はない?」

「ない」


 伝説上の存在なんて面倒くさいだけだ。


「いやぁそれはそれとしてびっくりしちゃったよ。ベルセルクに遭遇するなんて。アンラッキーだね」

「あいつのことか」

「そーそー」


 レニーは顎に手を当てる。


「オレがこの状態になってからどのくらい」

「一週間と三日」

「……あいつはどうなってる?」

「今フリジットが戦ってるよ、ほら」


 何もない空間に向けてスカハが指を振ると、そこに裂け目ができ、戦闘の様子が見れた。


 激しい攻防が繰り返されている。レニーでは到底ついていけないハイレベルなものだった。


 ベルセルクの攻撃を真正面から防ぎ、凌ぎ、殴り返すフリジット。フリジットはただ、ひたすらに、思い詰めた顔をしていた。


「強いね、あの子。全盛期のわたしでもちょっと戦いたくないかも」


 劣勢な様子はない。戦況を見るに、問題なくフリジットはベルセルクに勝てるだろう。


 ……戦闘だけ、見るのであれば。


 レニーは裂け目を指差す。


「……助けに行けない?」

「どうして。勝てるよあの子」

「どっちも辛そう・・・だ」


 レニーのあっさりした答えに、スカハはキョトンとした後、口元を抑えながら笑いだした。


「いいよ。救済処置でどうにかできるし」

「救済処置?」

「うん。一回きりの救済処置。二回目以降は有料です」

「具体的には?」

「魔人になる」


 つまりレニーではなくなる、ということだ。それだけリスクの高い手段なのだろうか。


「まぁ二回目なんてないでしょ」

「楽観的ー」


 どこか嬉しそうにスカハは言う。


「でも……うん。レニーはそれが一番なんだよね。なら、わたし行ってくるよ」

「え? オレが行くんじゃないの」


 首を振られる。


「レニーの魔力は治療に使うし、わたしならイッパツだし」


 言いながら拳を突き出す。


「魔力は回復に使うのにどうやって戦うのさ」

「レニーの魔力は使わないけどわたしの魔力は使うよ?」

「……は? オレの中にあるの」

「わたしが大事に大事に貯蓄してるものがね。そうじゃなきゃ狂性魔力だなんてスキル、レニーに生まれるわけがないじゃない」


 自慢気にスカハは続ける。


「生命活動を急激に活発化させて魔力を生成するスキル……体がイカれてる狂戦士でもなきゃできないわ。レニーのは活発化してるんじゃなくてわたしの魔力を引っ張り出してるから拒否反応が出てるの」

「初耳なんだけど」

「狂性魔力に見せかけたからね。正確に言うと違うんだよ? うん」

「それはなんていうか……だいぶキミ頼りな冒険者なんだなオレ」

「当たり前じゃないローグなんだから」


 地味に傷つく言われようだった。


「でもレニーじゃないとわたしはここまでしない。レニーだから、あのとき純粋にわたしを見てくれた人だから力を渡すの」


 胸に手を当て、目を閉じる。


「だからレニー、まだ死なせないよ」


 スカハが指を鳴らすと、レニーの意識はあっという間に途絶えた。


「じゃ、またね・・・

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