冒険者と痕跡
フリジットは応接室で震えるルミナを前に、静かに目を閉じた。
テーブルの上にはレニーの使っていたミラージュと食い散らかされた形跡のある右手が布に包まれて置かれている。
トパーズの冒険者パーティーが救援を依頼し、戦闘をしたとされる場所へルミナが向かって帰ってきたところだった。
「レニー、くんは」
言葉を絞り出す。ルミナは膝を抱えながら、唇を動かした。
「いな、かった。剣、と。ボロボロの右手、だけ」
「……そう。死んでると決まったわけじゃないのね」
隣に座ってルミナの背中を擦る。自分自身も血の気が引いていくのがわかった。
いつものように帰ってくると思っていた。
でも帰ってこなかった。
いつものように、生きてると思っていた。
でも、いない。死んでると決まったわけじゃないが行方知れずだ。
少なくとも右手はない。
失ったものは再生しない。切断であれば取り返しがつくが食われたとあればその場で治療しなければ間に合わない。かなり高位の治癒魔法使いでもだ。
生きていてもルビー冒険者としては働けないだろう。コンフデンスラインを上げた状態で降格処置——まず生きてなければそれすらできない。
ルミナにこれ以上捜索を続けさせるのは難しいだろう。パーティーメンバーに近い存在、絆で言えばパーティーメンバー以上にあったかもしれない仲間が行方知れず、しかも死んでいる可能性が高く感じられる状況で捜索がまともにできるわけがない。
レニーが敵と戦った地域はすでに冒険者たちに規制をかけてある。戦場を囲う様に冒険者の協力の下、一定の範囲を危険区域としている。危険区域を知らせる立て札も囲う様に設置しているので、敵がそこから大きく移動しなければ犠牲者が無暗に増えることはないだろう。範囲もこれまでの事例に基づいて「魔人」と大型のモンスターの条件を適用させている。
魔人。
人でありながら、人の道を外れた者をそう呼ぶ。ワイルドハントを形成するリッチ等強力な者も多い。人ではなくなり、討伐対象となる立派な「モンスター」だ。
今回は明らかに魔人であった。
ベルセルク。正気を失った戦士のことをそう呼ぶ。
狂戦士というロールがある。デメリットの強いスキル構成からリスキーロールとも呼ばれるものだ。
例えば、狂性魔力。体が傷を負えば負うほど体を活性化させて魔力を生成する。
例えば、「戦闘時精神高揚」。毒物や薬物、大量の酒で得られる「過剰な精神高揚」を戦闘時に起こさせる。これによって人体を無視した戦い方もできる。このスキルを取得するには「毒物や薬物を服用しながらの戦闘」を繰り返す必要がある。稀に何にも頼らずに手に入れる戦闘狂がいるが、本当に稀だ。
絶大な強さを手に入れやすいかもしれないが、自然と長くは生きられない。戦場にいると頼られるロールだが、あまり好まれてはいない。
また
そんな狂戦士が正気を見失えば、「ベルセルク」と化す。
とはいえ、狂戦士がベルセルクとなるリスクよりも戦闘中に命を落とすリスクのほうが遥かに高い。狂戦士は部族で讃えられる勇敢な戦士が外に出たときに与えられやすいロールであり、ベルセルクはその部族が滅び、狂戦士だけ生き残り続け正気を保つ術を失った結果、「発生してしまう」のだ。
ゴブリンでレッドロードという群れからはぐれたために、真っ当ではない異常なスキルツリーの成長をした結果、生まれる魔物がいるが、人間におけるレッドロードのようなモンスターがベルセルクに該当するのかもしれない。
「……ルミナさんはギルドで待ってあげて。ここから先は私がやるから」
ベルセルクの強さはレニー以上。となるとルビー冒険者複数人か、サファイア級の実力は必要だ。
ツインバスターに頼む手もあるが、フリジット自身がいやだった。
好きな人の行方は自分で探したいし、もし殺されたのなら仇は取りたい。受付嬢としての仕事はあるが、フリジットは冒険者としての資格もある。
能力的には問題ない。これほど自分の等級がカットサファイアであることを感謝できる日はないかもしれない。
「ぼ、ボクも、行く」
「大丈夫。レニーくんがふらっと戻ってくるかもしれないでしょ? だから探索は私が行く」
冒険者としての経験はおそらくフリジットの方がある。ベルセルクに遭遇する可能性があると仮定して、人型なのは間違いない。ルミナは巨大な敵を相手にしたときに真の強さを発揮する。それに、ベルセルクに出会うということは「そういうこと」だ。今ですら疲弊した様子のルミナを戦わせたくない。きっと冷静ではいられないだろうし、精神状態が不安だ。
フリジットなら少なくとも全力で戦える。
持ち主を失ったミラージュを見ながら、フリジットは明るく言う。
「
もし最悪の事態になったとき、ルミナが行き場のない感情をぶつけられるように、フリジットはあえて軽い言葉を使った。
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