魔人の話と

冒険者と失敗

 レニーがその場面に遭遇したのは、依頼を達成した帰りであった。


 叫び声と戦いの音が聞こえたのだ。念の為、走ってその場に向かうと人間同士で戦っていた。


 ひとり対……おそらく冒険者パーティー。

 パーティーのほうは重傷者がひとり、後方で倒れて血を流している。後衛らしき女性が必死に魔法で傷を塞いでいるようだった。しかし顔色が悪い。前衛もふたりいるがふたりとも装備はボロボロで全身無数の傷がある。


 相手の方は無傷だった。細身の大柄で熊らしき毛皮を頭から被っており、熊の顔が頭に乗っている。片手に持った巨大な骨でできた斧は存在するだけで威圧感があった。息は荒く、目の焦点は合っていない。


 レニーはマジックサックを放り投げて、間に入った。


 魔弾を三連射し、相手側を牽制する。


「グッ?」


 相手の顔がレニーに向く。


「グ、ウゥ……ガアアアアアアアアア!」


 獣のような咆哮を上げながらレニーに向かって突っ込んでくる。凄まじいスピードだった。しっかりと距離と保つつもりであったのにレニーの目前に迫り、斧を振り下ろしてきている。


 ……無理だな。


 受け流しはできないと判断し、シャドーステップの魔法を発動させる。側面に回り込むが力づくで軌道を変えて斧を追従させてきた。


「げ」


 準備しておいたスタッカークレーの魔法を発動し、拡散する魔弾を斧に当てる。それで斧を弾いた。


「ガァ!」


 斧を弾かれたにも関わらず、相手は片手でレニーの右肩を掴むと軽々と放り投げた。


「おっと」


 背後の岩に足をつけ、着地する。そこへ相手が突撃してきた。急いで距離を取ると、岩を簡単に斬り崩す。


 ——どう考えても正気じゃない。


「キミら逃げられる!?」


 事情なぞ聞いてられない。ひとまずパーティーのほうは逃した方が良さそうだった。


「重傷者は慎重に運べよ!」

「でもあなたが」


 前衛のひとりが戸惑いを見せる。レニーは舌打ちをした。


「バカか! 他人よりパーティーのこと考えろッ! 諸共で死にたいか!」


 負傷者が何人集まったところで邪魔でしかない。レニーが怒鳴ると、冒険者たちは撤退に動き出す。


 振り下ろされる斧を避け、その側面を足に魔力を込めて蹴った。正確に言えば、ブーツだ。繊維鉱物のマナファイバーや魔物の素材が使われたブーツは魔力の込め方で様々な効果を発揮できる。ブーツを硬質化させて武器とし、脚力を強化してキック力を高めたり、加速ができる。それで、斧を蹴って飛ばせ――れば最高だったのだが、相手のパワーが強すぎるせいで岩でも蹴ったかのような感覚だった。それを予想していたレニーは後方に跳びながらクロウ・マグナで魔弾を連射する。


「ウォオオオオ!」


 両腕に巻かれている毛皮で魔弾を防ぎながら、相手が突っ込んでくる。


「チッ」


 脳筋がすぎる戦い方に、レニーは歯噛みした。まるでモンスターを相手にしているようだ。


「おいオマエ! 何のためにこんなことしてるんだ!」


 ダメ元で問いかけてみるが、答えは暴力だった。横薙ぎの一撃をカットレンジで瞬間的に加速して避ける。


 ミラージュで受けに行くにはリスクが高すぎる。


 体格というのは武器だ。相手はレニーより明らかに体格が良い。細身に見えるが筋肉が引き締まっているし、斧も巨大だ。レニーと相手では武器も使用者も大きさに差がありすぎる。剣で挑めばたちまち力押しで負ける。


 相手が息切れするまで耐えるしかない――と言いたいが、おそらく相手よりも己が疲弊するのが先だろう。昼のため、影に関係するスキルは十全に効果を発揮できない。


 パワーなんて関係ないほどの大火力でもぶち込まなければ――死ぬ。


「すぅ」


 逃げ出す冒険者たちを確認する。これで巻き込む心配はない。


「ネガティブバインド」


 腕に魔力の鎖を巻き付けて、地面に引きずり込もうとする。


 が。


「ガァアア!」


 まるで蜘蛛の糸を散らすように簡単に砕かれた。


「げぇっ!?」


 まずい。そこらのルビー級の魔物より断然強い。全力で逃げようにも、相手のスピード的に追いつかれるだろう。小回りや瞬間的なスピードはレニーに軍配が上がるようだが、通常のスピードは相手の方が上だった。まず歩幅が違うのもある。


「カース、マグナム!」


 先を尖らせた筒状の魔弾を形成し、無詠唱で放てる魔法をあえて魔法名を叫ぶ。それによって威力を高めた魔弾を撃った。早撃ちはできない魔弾形状だが、こういう相手には通じるはずだ。反動に応じて下がりながら相手の出方を見る。


 斧を構えた。防御姿勢だ。しかも斜めに。真正面から魔弾を受けるのではなく、若干斜めにすることで、そらされる。それでも威力が高かったおかげか、怯んだ。


 カートリッジを入れ替える。額から汗が飛び散った。

 エンチャントカートリッジではなく、魔力を上乗せするカートリッジだった。急いで魔力を構成しながら、魔法を準備する。


「ウオワァアアア!」


 叫びながら相手が迫る。


「……今!」


 レニーは魔弾を撃った。相手に防がれるが、防がれていい。


「ウグッ?」


 魔弾は相手の体を押し出しながら、拘束した。

 レニーはミラージュを引き抜き、自分の影を纏わせてバフをかける。


「ふぅー」


 ミラージュが影によって杖の形状を取り、魔弾を生成する。


「ムーン――」

「――ダァッ!」


 相手は拘束している魔弾を、咆哮・・で破壊し、接近と同時にレニーの右腕を斬り落とした・・・・・・


「……ッ」


 レニーはミラージュを持っていた腕がなくなったという現象を理解することを放棄・・した。


 レニーが刹那に判断したのは、距離を取ること。


 瞬間的に注ぎ込める魔力を込め、ブーツの加速効果とカットレンジ、そしてシャドーステップ、徒影の尻尾のスキルを発動をし、自分の分身を相手に斬らせつつ、懐を潜り抜けて逃げた。


 振り返りつつ、魔弾を撃つ。


 喉を狙った。頭や肩は被った毛皮に守られている。他の急所も同じようなものだ。ゆえに、イチかバチかで喉を狙うしかなかった。


 相手は頭を下げて、それを受け――


 ――斧を捨てて飛び掛かってきた。


 腕を振るう。指先の、尖った爪。


 それがレニーの胸から右の脇腹までのラインを抉った。


「――あ」


 血を噴き出しながら、レニーは後ろに倒れる。


 冒険者はいつだって死と隣り合わせだ。死ぬときは、死ぬ。絶望的な状況で英雄が駆けつけてくれるだとか、そんな都合のいい話キセキはない。


 いつだって、冒険者を助けるのは冒険者が準備して得て・・きたものだ。


 もしも、もしもの話だ。


 もし、レニーがルビー等級のパーティーを組んでいたとしたらこの戦いはここまで惨めになることはなかったかもしれない。逃走という手段を取れたかもしれないし、なんなら上位魔法であるムーンレイズを成功させて相手を倒せたかもしれない。


 だが、それはもしもの話だ。


 レニーはソロ冒険者だ。


『でもちゃんと帰ってきて。いなくならないで』


 手を伸ばそうとして、それがないのを今更不思議に思った。


「お、」


 ――――グチャ。

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