冒険者と容姿

 酒場ロゼアでレニーは珍しい人物と席が同じになっていた。というか食事を共にするのは初めての人物だった。


 糸のように細い目と、優し気な微笑みを浮かべている女性は受付嬢だ。


「モーンさんがここに来るなんて珍しいね」


 支援課をメインに仕事としている元トパーズ冒険者だった女性だ。手際が良いらしく、フリジットが度々絶賛している。既婚者であるし、年齢もレニーよりも上であるからか、受付嬢としてもベテランな気がしてならない。


「ちょっとカティさんから面白い話を聞きまして。レニーさん、とてもいい美容店を知っていらっしゃるそうで」

「まぁ、定期的に行っているだけだけど」

「行くきっかけとかあったんですか?」


 レニーは記憶を掘り起こす。その間にモーンはジョッキのエールを飲み干すと追加を注文していた。


「捕まった」

「捕まった……ですか」

「道を歩いてたら髪について色々話されて店に案内された」


 モーンが眉を下げる。


「よくついていきましたね」

「嘘一切なかったからね」


 レニーはエールを飲んで、ジョッキを置いた。追加のジョッキが三つほど届いて、モーンの前に置かれる。


「……飲むね」

「ストレスが溜まったときは飲みまくることにしてるんです。ちなみにこの後時間に余裕がありますか」

「特に予定は決めてないから平気だけど」

「なら愚痴を聞いていただいてもよろしいでしょうか」

「どうぞ。返事を期待しないでくれれば」


 にへら、とモーンは笑う。こんな表情もするのだな、とレニーは思った。


「それで、嘘がなかったというのは」

「当時のオレの髪は荒れてた、らしいんだけど。心の底からそれをよくしたいだとか、ケアをしたいっていう顔をしてた。だから試しに一回されてみようかなって」


 微妙なら一回でさよならにすればいい。料金も明確に事前に話していたし、髪を具体的にどう改善するかわかりやすく説明してくれた。


 そのときのナデカの顔を覚えている。


『先っちょ! 毛先だけでいいから! ほら、お試し! ……あ、やっぱお客さん髪邪魔じゃない? ついでにカットもしていかない?』

『必死過ぎない?』


 まぁ、当時は初めたてで固定客がほしかったのもあるかもしれない。少なくともあの時店に入ったことを後悔したことはない。


 詐欺だと説明は抽象的であるし、異様に安い値段で釣ってその後の定期料金で跳ね上げるということもある。それがなければとりあえず試すのだ。


「なるほど。わたくしにも場所教えてもらっていいですか」

「あぁ、いいよ」


 口頭で場所と店名を教える。モーンは何度も頷いて、記憶したようだった。


「ありがとうございます。今度行ってみます」

「きっと喜ぶよ」

「わたくしもなるべく綺麗でいたいですからね。飽きられたくないですし」

「飽きる?」

「やっぱり若くて綺麗な人の方が魅力的になるじゃないですか。だから夫に、です」

「……そういうものなのかな」

「そういうものです。悲しいことですけど」


 ため息交じりにそう言われる。レニーは腑に落ちなかった。


「なんだか違う気がするけど」

「あら、どんなお考えで」

「ま。モーンさんの旦那さんがどんな人かわからないからそうなんだろうけど」

「レニーさんのお考えでいいので」


 顎に手を当てて、肘を立てる。


「大事な人なんでしょ。だからきっと好きなのは根っこの部分で、見た目じゃないと思うんだ。一番隣にいて安心できる人は、たぶん一番刺激のない人だと、思う。だからその、上手くは言えないけど、誰にも替えられない魅力っていうのはそれなのかなって。そんな相手だから結婚するんだと思うし」

「……レニーさん、ウチに来ません?」


 エールを飲み干しながら、モーンが言う。


「いや、オレひとりの方が気楽っていうか」

「そうだ、そういう人でした」


 こほん、とモーンは咳払いをした。


 その後はひたすら、モーンの愚痴ノロケを聞く時間になった。




  ○●○●




 依頼を受けに受付に向かうとフリジットがいた。


「お、レニーくんじゃん」


 少し嬉しそうなフリジット。その頭を、レニーは見る。


「髪型、すっきりしてるね」


 耳の上から首の後ろまで編み込んだ髪のラインができていた。普段のロングでは見えない、耳や首元などがはっきり見えていて、すっきりした印象があった。


「どう? ギブソンタックっていうの」

「うん。花冠してるみたいでいいね」


 レニーが感想を言うと、フリジットはきょとんとした。それから、花のような笑みを浮かべる。


「……えへ」

「それじゃ、依頼受けるから、手続きよろしく」

「切り替えはっや!?」


 いや後ろ並んでるし、とレニーは後ろを見る。フリジットは頬を赤く染めながら、咳ばらいをした。


「では、手続きの方進めさせていただきますぅー」


 今日もレニーはソロ冒険者として働く。

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