冒険者とチャーミングライト

 大魔道士ミルキィ。


 おとぎ話に出てくる旅人である。実在していれば冒険者の概念がない古い時代の人物なので旅人となっているが、魔物を退治したり、村人を助けたりとやってることは冒険者に近いので、一部の女性冒険者からは信仰されているほどだ。


 というのもこの大魔道士ミルキィ。冒険者でも使える髪や肌のケアアイテムを開発したとされているのだ。成分の調整された精油やパウダー、乳液に、髪の洗浄液、石鹸……大魔道士ミルキィが女性に人気なのは、身近に恩恵を受けていると感じられるからだろう。美容に使える魔物の素材がないか探し、魔物討伐をしていた人物だ。男のレニーからしたら狂ってると思う。


 しかしまぁ、何かを達成するためにがその何かだけ極めるだけでは難しいのだろう。視野の広さがなければどこかで行き詰まる。


 ともかく大魔道士ミルキィの存在によって美容という概念が生み出され、それを職にする者も現れた。


 実際により良い美容製品を開発したり売り出すものもいれば、情報を売るものもいる。そして他人の美を手助けする商売も。

 レニーは私服のカティを連れて、店にやってきていた。


 美容店チャーミングライト。温かみを感じる木製の店だった。


 扉を開けると鈴の音がなった。


「いらっしゃいませ」


 出迎えてくれたのは、セミロングの黒の中に緑が混じっている珍しい髪を持つ女性だった。柔和な雰囲気があり、表情も優しげだった。


「レニーさん。お待ちしていました」

「予約しにきたんだけど……」


 店内を見渡しながら女性と話す。すると突然、レニーの肩を組んでくる者がいた。


「今日なら突発でも大丈夫だよ。お連れさんと一緒でもいいよぉ、お客さん」


 切れ目が特徴の若い男性だった。女性と同じく黒髪に緑が混じっている。整えられた短髪に、悪戯っぽい笑みが似合う男であった。


「じゃあ今日にしようかな。カティさんは?」

「あ、あぁ。すぐ頼めるならそれに越したことはない」

「それじゃ、ミイアがご新規さん。僕がレニーくんということでよろしくぅ」


 レニーの背中を押しながら、男性が椅子へ誘導する。髪を切ったりするために調整された椅子だ。若干斜めになっており、頭の先に台や桶がおけるようになっている。


 そこにレニーは座った。


 横目で見ると、緊張しているカティにミイアが説明をしているところだった。


「ナデカ、あまりレニーさんを困らせないでくださいね」

「えぇー」


 ミイアに忠告され、ナデカが頬をふくらませる。


「ま、とりあえず布かけまっせ」


 布を体にかけられる。レニーは仰向けの状態、正面には鏡があった。


「カットはどうします? 僕と同じウルフカットとか」

「整えるだけ」

「えぇーたまには違う髪型してみようよお客さん〜」

「整える、だーけ」


 鏡ごしにナデカが不満げな表情を浮かべる。わざとなのですぐ消えたが。


「じゃ、髪洗いまーす」

「よろしくお願いしまーす」


 髪を濡らされ、洗浄液で洗われる。頭をマッサージされて、泡が頭皮を刺激するので心地が良かった。

 丁寧に指の腹で頭を解され髪をじっくり洗われる。


「お客さーんこってますなぁ」

「んー」


 わしゃわしゃと洗われ、泡立てられる。正直髪を切られるのは面倒だが、こういう時間は嫌いではなかった。


「流しますっ」


 床におかれた水桶から必要な水を魔法で浮遊させて水玉をつくり、それでレニーの髪を閉じ込めた。そして水玉に手を突っ込み、レニーの髪の泡を落としていく。そして流し終わると床においてある別の桶に水玉を落とした。


「そいじゃカットカット」


 身につけているエプロンからハサミを取り出し、シャカシャカとレニーの髪を切っていく。伸びすぎた髪や邪魔になりそうな髪をカットされた。


「で、彼女誰?」

「全身鎧で髪がべたつくから困ってたんだって。相席したついでにここを教えただけ」

「あぁ全身鎧ねぇ。兜かぶってるならパウダーで少しはマシになると思うけど」

「へぇ」

「ある程度水分吸ってくれるから長時間被り物をするときに便利だぞー。お一つどうだい」

「いらない」


 ナデカとのやり取りは慣れた。ある程度強い態度でもケロッとしているため、はっきりした物言いをすることにしている。曖昧な返事をしていると商品をおすすめされ続ける。


 ミイアの方は……正直わからない。髪を切ってもらったことがないからだ。ただ様子を見る限りは丁寧な説明と柔らかな態度で好評なようだった。


 好評なのはナデカも同じなのだが、意味合いが違う。ナデカの方は整った顔立ちと笑顔で会話を続けてくれるから、男性的な魅力を感じてのことだ。ミイアのような単純な接客技術とは言い難い。


「さて、こんなもんかね」


 手鏡と合わせてカットした髪の前後を見せられる。


 問題なさそうだった。


「オッケー」

「そんじゃ洗いまーすよっと」


 カット前と同じように髪を洗われる。

 洗浄液を流した後は別の作業が行われるのだが……正直レニーには何をやっているか全くわからない。髪に何かをつけられまくった後に髪を温風魔法で乾かされるという認識しかレニーにはない。


 実はナデカに以前何をしてるか聞いたことがあるのだが――


『髪のスペシャルケアだよ髪のダメージをこの一回で集中的にケアして回復させるためでねお客さんみたいな人だと特にケアが足りなかったりしてダメージが蓄積されていたりするからこうやって僕が整えるときぐらいはケアしてあげないとサラサラケアを維持できないんだわかる僕のおかげでレニーくんの髪のサラッと感は維持できているわけもうちょいケアに興味を持ってくれたらもっと髪を維持できるんだけどなぁやり方なんだけどリンスをしてから髪を洗ってまたリンスをしてその後は髪を目の粗い櫛とかしてから布で軽く拭いてでオイルを馴染ませるあとは温風で根元から毛先まで乾かして最後仕上げに冷風当てて最後に細かいヘアブラシで髪を整えて終わり』


『――ハァ?』


 何を言っているか、さっぱり、さっぱりわからなかったのだ。そもそもこの店が設備の整っている場所だからできるのであって、野宿などで実践できる内容ではないだろう。


 というか非常に面倒くさい。


 何度聞いても理解できないレニーに、苦笑いしたミイアが「手軽なミルクだけやるだけでも結構違うんですよ」と話をしてくれたのでそれをやってみることにした。少なめと思う量のミルクを塗るだけと言われればレニーの中のハードルがだいぶ下がったので、細目にというわけではないが使ってはいる。


「はい髪の方おーわりっ」


 ナデカはそう言いながらレニーの髪をゴムでまとめる。


「次顔ね」

「はーい」


 顔の方は最早何をされているか全くわからない。全体的に剃られたり、バシャバシャ何かつけてるという認識しかない。あとはマッサージだ。


 以前ナデカになぜこれをされるのか聞いたことがあるのだが——


『顔のスペシャルケアだよ。お肌にもね、ご褒美が必要なんだよね。お肌のトラブルも色々あって——』


『——ハァ?』


 雑談のネタにと聞いたのがまずかった。興味をあまり惹かれない、ましてや知識のない状態で大量の知識を入れられても全く理解できないし、頭が理解する方向に働かないということをその時痛感した。


「はい完了。お疲れ様でした」


 髪を解かれて体を起こす。顔も髪もだいぶすっきりした感覚がレニーにはあった。ミイアの方を見るとカティはもう少し時間がかかりそうだった。


「さてお会計お会計」


 ナデカがカウンターに行くのでレニーも向かう。


「ケアアイテムはいつもの?」

「あぁうん。買っとく」

「他のアイテムはどうですかお客さん」

「いらない」

「ちぇ」


 料金を払い、ケアアイテムを受け取ってマジックサックに入れる。


「お連れさんまだだけどどうする?」

「外で待っとくよ」

「はいはーい。それじゃまたのお越しをお待ちしております。早めに予約取りに来てくださいな」


 ナデカの笑顔に見送られつつ外に出る。そうしてカティを待った。


 しばらくしてカティが出てくる。袋を抱えて、ぼうっとした顔をしていた。


「どうだった?」


 レニーが声をかけてみるが返事はない。髪や顔を観察してみると髪は明らかにサラッとなっているし、ヘタっと潰れるようだった髪にボリュームが生まれている。顔の肌は……正直違いがあまりわからないが何となく艶がある気がした。


「もしもーし」


 レニーが目の前で手を振るとビクリと肩が跳ね、こちらを見てくる。


「どうだった?」

「……す、すごかった。生まれ変わったみたいだ」

「そか。良かった」

「ありがとう、教えてくれて」

「構わないさ。じゃ、解散ということで」

「あぁ。助かった。手伝えることがあったらいつでも言ってくれ。礼をする」

「ほーい」


 そんな軽くやり取りをしてカティと別れた。


 しかしまぁむさ苦しい男連中はともかく女性冒険者は綺麗でありたいという想いがあるであろうし、維持するのも大変だろう。


 そんなことを思いながらレニーは帰路についた。

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