冒険者と全身鎧
レニーが酒場で食事をしていると、正面にひとりの冒険者がやってきた。全身スケイルアーマーに身を包んでおり、ニワトリのようなトサカのある兜の繰りぬかれた部分から辛うじて顔だけ確認できる程度だった。キツイ印象の釣り目に、キュッと結ばれた唇。白い肌に、左頬から目の下まである傷。バイザーを下ろせるタイプの兜の形状をしているため、バイザーを下ろすと性別すら判別できないだろう。
「相席、いいか」
「構わないよ。何か食べる?」
頷かれる。バイザーが落ちてカコンと音を立てる。冒険者は困ったように声を漏らしながら、バイザーをしっかりと上げた。
「スタンダードサンドイッチセットとホットミルクだ」
「オッケー」
特に海産物の使われていない一般的なサンドイッチとチップス、スープのセットだった。レニーは手を挙げて店員を呼ぶ。そして自分のシーフードパスタのついでに注文した。
「ありがとう」
「ついでだしね一応確認だけど女性で合ってる?」
「合っている。失礼」
ゆっくり座る冒険者。全身スケイルアーマーだから動きづらいのだろう。戦闘時の動きを考えればできるかぎり支障のない構造をしているが、日常動作や細かな動作ではやはり邪魔くさい。
装備に手間取るものを普段使いしている場合は、そのままの格好で酒場に来ることも珍しくない。依頼を受けてそのまま向かう前に腹ごしらえをするのだ。
モンスター相手に鎧は非常に有効だ。凶悪な攻撃から身を守りつつ反撃に転じることができる。レニーもトパーズになる前ではあるが、たまに世話になることがあった。モンスターの吐く火程度なら、鎧の下に仕込まれていることの多い耐熱材でどうにかなったりする。
「カットトパーズ冒険者のカティだ。よろしく」
「ルビーのレニーだ。こちらこそ」
「知っている、相席できて光栄だ」
握手を軽く交わす。
「相談したいことがあるのだが」
「言うだけタダだから言ってごらん。解決できるとは限らないけど」
身を乗り出しながら、カティは真剣な表情で言った。
「髪がベタつくんだ」
「……は?」
お待たせしましたー、と。二人の間に注文した品が置かれる。
「……髪が」
「いや、聞こえてないわけじゃない。なんでオレに相談しようと思ったわけ」
悩みが明らかに女性のものだ。レニーに話をするより知り合いの女性に聞いた方が早いのではないだろうか。
レニーはフォークとスプーンを使ってパスタを食べ始める。カティは用意された食事用の布を使ってサンドウィッチを掴むと頬張る。
「確かに仲の良い同性の冒険者に相談するのも考えた。支援課をしているフリジットさんに聞く手もだ」
「うん。正しいと思う」
深刻そうに目元に影ができつつ、カティは次の言葉を紡いだ。
「ハードルが高い」
「……オレのほうがハードルが高くない?」
「いや、そのなんというかだ。仲の良いコだと身近すぎて相談しづらいというか」
確かに共有する時間が長い相手に相談しやすい場合と相談しにくい場合があるだろう。それはわかる。
「フリジットさんは、その……キラキラしすぎて、こういう悩みを持ち掛けづらい。そもそも、冒険者のための支援課だろう? こういうプライベートな相談しづらくてな」
「いや冒険者の悩みなんだから受け入れてくれると思うけど。そのスケイルアーマーの兜のせいでしょ、だって」
「そうなんだ……この装備を使うようになってから酷くなってな」
「湿気でしょ湿気。あと汗とか」
食事をしながら会話を続ける。カティは目を見開いた。
「わかるか」
「予想つくでしょ。あと精油の使いすぎとか合ってないとか」
「……待て。使いすぎとかあるのか? 合ってないって」
「髪の量に合わせてやらないとベタベタになるでしょ。髪の質に合わせたもの使わないと悪化するんじゃない?」
カティがぽかんとする。
「使ってるのか?」
「たまに。普段はミルク」
「ミルク!?」
「正直オレには違いがあんまわかんないけどね」
フリジットに話題でも振れば、「違う、違います!」とか言い出しそうだが、レニーは話題を振ったことがないので知らない。
「そのサラっとした髪は、ミルク使ってるからか?」
「え? いや知らないけど」
「知らないってなんだ。他にもいろいろやっているのか」
「髪整えてもらうときにあれこれされてるけど何されてるか知らないし」
「店か?」
レニーは頷く。
「どこだ」
「……あー、たぶん高くなるよ?」
「どのくらいになる。がんばって用意しよう」
レニーは前回支払った料金をカティに教えた。
「……で、最低限って感じかな」
「結構使ってるのだな」
「仕事で使うしねぇ。通う様になったのもここに来てからだし」
機会は多いわけではないが、女装はする。少しでも相手を騙せるように、まぁ男臭さというものはなるべく感じさせない方が都合がいいのだ。活かせるものは使う。
まさかスキルが発現するほどになってしまうとは思わなかったが。
容姿を整えることを意識するのは性別関係なく大事だと考えている。少なくとも依頼主の印象は良い。仕事に繋がるなら金をかけて損はないだろう。
それに正直なところ冒険者は汚れる。汚れた分の取り返しが普段のケアで容易になるのなら、普段からやっておくに越したことはない。
「店の場所を教えてもらってもいいだろうか」
おそるおそる聞いてくるカティに、レニーは店の名を告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます