ケアの話
冒険者とコリの話
背中に激痛が走った。
「……痛い」
「全然痛そうじゃない反応なんですけど」
元暗殺者であるシルバルディのマッサージ店で、レニーは施術を受けているところだった。左の肩甲骨辺りを指でゴリゴリ押されている。レニーは両腕を上げた状態でうつ伏せになっていた。脇の下から肩甲骨にかけて強く押されたり、背骨と肩甲骨の間の筋肉に親指を刺し込まれる。硬くなっていた筋肉がほぐされている気がする。
「なんか左側だけ普段と違う魔力の流し方でもしました?」
「……わか、るっ?」
「馴染みのない魔力の通し方で体が異様に緊張して硬くなってまってしまっていますね」
「最近教わった魔弾の、撃ち方を練習してたら、痛くなってきて……うぐっ」
レニーが普段形成している魔弾の形状は球体だが、教わった形状は円筒状で回転も加えるため、魔力の操作が複雑だった。早撃ちのスピードで撃とうと何度か試してはいるのだが、なかなかうまくできない。
手首を持たれ、左腕を伸ばされる。
「回しますよーほぉーれ」
「あー」
ゴリゴリと肩から音が鳴る。肩甲骨が動いている感覚があった。
「外側から肩甲骨おしまーす、はーい」
「あふっ……ふぅ」
痛いが、気持ちがいい。眠気が少しずつ強くなってくる。
「次そのやり方をやるときは十分深呼吸を繰り返してからやってください」
「深呼吸……? あぁ、そこ。そこ凄く気持ちいい……」
「運動していて体を鍛えていても意図的に強張らせる機会が多かったり、使わない筋肉は凝っていってしまいますからねぇ。なるべく普段と違うことをする前にストレッチとか深呼吸である程度リラックスさせるとある程度マシになるかと」
「はへぇ」
腕を直されて、肩甲骨の間の背骨に近い部分に手刀を当てられる。三角形を作るような手の置き方だった。
「大きく吸ってください」
「すぅー」
「吐いてぇ」
「はぁ」
ゆっくり押される。呼吸に合わせてぐーっと押されて、骨が広がるような感覚がしたと思ったらぽきぽきと音が鳴った。
「んぁ」
「こってますねぇ」
「はぁ……鳴ると、なんか効くって感じする……」
「あっはは。結果的に鳴ってるだけなので、自分でやらないでくださいねぇ」
頭側にまわって上から肩を押される。
「あ、別のスタッフで鳴らすのを自慢するようになったら言ってくださいね。シバくので」
シバく、の部分だけ殺意を滲ませながら、シルバルディが言う。
「悪いことなの?」
「関節というのは無理な角度をつけて思いっきり力を加えれば鳴るんですよ。極端な言い方しますけど、関節を破壊してやれば良い音なるでしょう?」
レニーは賊の首をへし折ったときのことを思い出す。確かに音は鳴るが……良い音だろうか。またレニーの関節技とは技術が違うのかもしれない。
要は鳴らそうと思えば鳴らせるという話だ。あまり気にしないでおこう、とレニーは突っ込まなかった。
「鳴らすのを目的にした行為は体の神経を傷めるのでダメです。特に首。ダメ、絶対」
首の骨付近を押される。ゆっくりグリグリとされるのが気持ちよかった。
「私はスキルも相まって失敗しないのでいいですが……というか体の症状がひどすぎる人は私が担当するようにしてるので、マジで真似する部下がいたら私が関節をバキバキに鳴らしてやるので」
「毎回オレ、シルバルディさんにやってもらってるのは?」
「今回が特別ひどいだけで、普段は口止め料ですー!」
まぁ、元暗殺者だと知っているのは現状レニーだけなので、一番良いケアをして媚を売っておこうとかそういうことなのだろう。
ぐい、ぐい、と今度は鎖骨近くを押される。程よい刺激が、筋肉をほぐしてくれる。その後は太ももや足を全体的にほぐされる。
「痛い」
「こってるので我慢してくださーい」
痛いと言いつつも気持ちよさはずっとあるので、眠気に負けて、意識が薄れていった。
○●○●
とんとん、と肩を叩かれる。
「う、あ?」
顔をあげて、垂れそうになった涎を拭う。
「終わりましたよー」
レニーは朧げな意識の中で、シルバルディに終了を告げられる。なんとなくで体を起こす。
体はだいぶ軽くなっていた。ここに来るまで左肩が痛かったのだが、完全になくなっている。
「コリは解消したのでたぶん平気かと。魔力の通りも良くなってるはずです」
「……うん、だいぶよくなった。ありがとう」
「いえいえ。仕事していたらどこらしら体にガタが来るでしょうから、メンテナンスだと思ってください。ま、レニーさんは通わなくても寝てれば大体治ると思うんですけど」
「治るんだ」
「寝ている間に、人間は体を無意識にほぐして治してるもんなんですよ」
「そういうもんか。まあ、確かにあんまり辛いと思うことないしね」
それでもこうして体をほぐされて気持ちがいいのだから、来て損ということはないだろう。
「食事、運動、睡眠。しっかり摂ってくださいね。じゃないとお金搾り取るので」
「それ言っちゃっていいの」
「言っても聞かない人は聞かないですからね」
盛大なため息が漏れる。客の中に問題児でもいるのだろうか。
「ま、気を付けておくよ」
「今回は明らかにコリだったのでいいですけど、痛みがひどかったら医者に診てもらってくださいね。体の異常はマッサージじゃどうにもならないので」
「それはそうだ」
帰り支度を済ませて、シルバルディに見送られる。
また来よう、レニーはそう思った。
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