冒険者と希少鉱石
ビルディンギルドの酒場は盛り上がっていた。スティールキャンサーが討伐された祝いだ。
しかも討伐したスティールキャンサーから少量ではあるものの、マナファイバーが手に入った。マナファイバーは繊維質の金属で、魔力を通しやすい。織物のように加工することができ、マナファイバーで「布」が作成できる。魔力を通すと強度が増す性質も相まって、魔法をメインで戦うロールの人間は喉から手が出るほどほしくなる素材だ。
ツインバスターの魔導士メリースがマナファイバーを素材に使った帽子やローブを使っていた。魔力の流れを阻害しないことと、魔力を通せば下手な防具よりも身を守れるため、非常に重宝される。
スティールキャンサーから採取できたのは数人分でしかないが、それでも喜ばしいレベルの希少なものだった。もしかしたらスティールキャンサーの頑強さはマナファイバー由来であったのかもしれない。甲殻の素材はまだ成分は分析しきれていないが、おそらく似たような性質を持っていることも考えられる。
「傷つけずに倒せればよかったなぁ」
ミルク片手にユーヴェルがぼやく。酒は苦手らしかった。
「まぁ、いいじゃねえか倒せれば。倒せないと手に入らねえしな」
豪快に笑いながらユーヴェルの背中を叩くクーゲル。むせるユーヴェルを気にせず、レニーへ視線を向ける。
「どうだ、ユーヴェルは。カットルビー行けそうか?」
「あぁ、うん。いいんじゃないかな。実績も今回つくれたし」
「へ?」
キョトンとするユーヴェル。
「いやぁこいつ、冒険者としての実績がぱっとしねえからよ。ここらでパァっとでかい仕事ができればいけると思ってな」
「そんな、俺はまだ」
納得していなさそうなユーヴェルにレニーは話す。
「魔弾の形状改善は並大抵じゃできないし、あのスティールキャンサーを傷つけられた様子だし」
「ほら、カットルビーとルビーに認められてんだぜ。もっと自信持てよ」
言われて、ユーヴェルは顔を赤らめながら、ミルクを飲む。
「俺もそろそろ引退考えねえといけねえ歳だからな。期待してるぜ」
真剣な声音で、クーゲルが告げる。レニーは静かに酒を飲む。
引退。
クーゲルの正確な歳はわからないが、考えてもおかしくはないだろう。冒険者の終わりは死や体を壊したことによるものもある。大団円を迎える冒険者は案外少ないのかもしれない。
冒険者が終わっても、人生は続くのだ。当然と言えば当然だ。何かの取り返しがつかなくなる前に引退したほうがいいときもある。
レニーは全く引退は考えていないが、そのうち考えなければいけないときもあるのだろうか。
「俺がいなくなる前に同志は上げておかないとな」
「クーゲルさん……」
「ま、シケた顔するな。まだしねえからよ」
寂しげな表情をするユーヴェルに優しく語り掛けるクーゲル。二人の関係性は詳しくないが、弟子のようなものなのだろうか。
「ねぇねぇ! 男だけで固まってないでさぁ! 私たちもまぜてよォー!」
レニーがそんなことを考えていると、割り込むように冒険者たちが集まってくる。レニーは別のギルドの人間であるのと気質であまりノる気はなかったが、クーゲルは気を取り直すように歯を見せて笑うと、高くジョッキを掲げた。
「よぉーし! みんな飲むぜぇ!」
クーゲルの姿を見つつ、レニーはあんな風に明るく人生を終わらせられるというのもいいかもしれない、と思った。
冒険者たちは朝まで騒ぎ続けた。
○●○●
久しぶりにサティナスに帰ってきたレニーは、魔法道具が並べられたエレノーラの店に来ていた。
「れ、レニーくん……この原石は」
カウンターに置かれた青白い鉱石を見ながら、エレノーラは声を震わせる。
「討伐報酬のマナファイバー」
エレノーラの瞳が輝き、両手で恐る恐る鉱石を持ち上げる。サイズとしては両手で持てるほどだ。
「ももももらっても」
「うん。なんか作ってくれれば」
「も、もちろんだとも。レニーくんのおかげで伝手も増えたことだし」
マナファイバーの全体を舐めるように眺める。
「美しい青い原石にみられる、青白い繊維構造線。あぁ、たまらないな」
よだれでも出そうな勢いで恍惚とした表情を浮かべるエレノーラを少し気持ち悪いと思うくらいには喜んでいた。
まぁ、冒険者にとってもマナファイバーを使用した装備は死ぬほどほしい人間も少なくないだろう。職人なら死ぬ前に見ておきたい鉱石に入るのかもしれない。
「ありがとう。君にぴったりの装備をつくってみせるさ」
「頼んだよ」
レニーは片手をあげながら店を出た。
装備ができる日が楽しみだ。
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