冒険者と釣り作戦

 レニーがスティールキャンサーとの戦闘を報告すると、クーゲルは大笑いした。ユーヴェルはそんなクーゲルの様子に若干引いている。


「そりゃ、大事な武器を食われそうになったら全力で逃げるわな! がっはは!」


 豪快に笑うクーゲルに、レニーは特に不快感は抱かなかった。レニー自身も他人の同じような体験を酒の場で聞いたら、つまみ代わりにするからだ。


「……で。なんか掴めたか」


 笑い止んだクーゲルは真剣な顔に戻り、レニーに問うてくる。レニーは頷いた。


「背中やハサミの甲殻部分を狙ってもダメージは与えられないと思う。関節部か、腹まわりのやや柔らかい部分を狙う必要がある。採掘場の暗い場所じゃ難しい」


 レニーだけではハサミに妨害されるため、クーゲルとユーヴェルに協力してもらいたいところだが、やはり暗い場所であればあるほど正確さというのは失われる。いくら相手が巨大とはいっても、弱点を突くのは難しい。


 レニーはスキルがあるためにスティールキャンサーの全貌が見えるが、二人はそうではない。夜目になれたところで輪郭がわかる程度であろう。


「明るい場所に出す必要がある」

「そうは言ってもなぁ」


 眉をさげるクーゲル。


「おれらもあれこれ試したけどうまくいかなかったんだ。どうやって明るい場所に出すんだ? 採掘場を明るくするか、外に出すか、案はあるのか」

「採掘場を明るくしたところでたかが知れてる。外に出す」

「簡単に言うがレニーどうするんだよ」

「簡単さ。あいつが居座っている採掘場よりも、おいしそうな金属を用意すればいい」


 二人とも微妙な表情を浮かべる。簡単なように思えて、簡単ではないからだ。


「あのなぁ、レニー。あそこからは結構上質な鉄鉱石やらが出てくるんだ。俺らが取り戻そうってなってるのも大事な採掘場だからなんだぜ?」

「だいたい、すぐに用意できるとしてもサイズの問題がある。スティールキャンサーにアピールできる希少な鉱物となったら大きめの原石でもないと。大金はたいたって手に入るかどうか。おれらの財産消滅するんじゃないか……?」


 スティールキャンサーはエサ場を重要視している。自身の体に栄養を蓄えられる大量の鉱物を探して移動をし、なわばりを形成するとなるべくそこで動かずに生活する。


 そこを離れるというのはよっぽどだ。そのなわばりを離れたいと思わせるほどの大きく上質な鉱物がいる……つまり、ほぼ不可能だ。


 スティールキャンサーが洞窟などになわばりをつくると討伐難易度は上がる。外と違ってとれる手段が制限されるからだ。トパーズ級で討伐しなければならないのも、そこが原因となっている。経験の少ない冒険者パーティーには硬すぎる上に対抗手段も取りづらい魔物なのだ。


 特殊個体となるとさらに難しくなる。珍しい鉱物を摂取し続けて甲殻が異常に発達したスティールキャンサーは、並大抵の手段では倒せないだろう。


 圧倒的な攻撃力に任せて甲殻ごと破壊するか、高熱で中身を茹で上がらせるかだろう。採掘場という、なるべく破壊したくない環境下で使っていい手段ではない。それが許される外に出す必要がある。そしてその外に出す手段が、非常に難度が高い。


「簡単さ。幸運なことに餌ならここにある」


 レニーはミラージュを指差す。


「こいつで釣る」


 怪我の功名、不幸中の幸いとはこのことを言うのだろう。レニーのミラージュにあれだけ興味を示したということは、スティールキャンサーにとってマギ合金は非常に魅力的な金属なのだろう。


 マギ合金がスティールキャンサーの好物なぞ聞いたことがない。そも、知識としてあったとしても、普通は手元にあるわけないのだから意味がないのだ。


「つまり、レニーが外まで出すと」

「それでキミらのお得意をぶち込めばいいさ」


 クーゲルは意地の悪い笑みを浮かべた。


「やっぱりお前を呼んで正解だったぜ」

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