冒険者と完全な予想外

 ミラージュが弾かれた。正確に言えば、レニーの筋力ではいくらバフを施したミラージュの刃であってもスティールキャンサーを真っ二つ……なんてことはできなかった。


 持ち上がったハサミで弾き上げられ、レニーは二、三歩下がりつつ二撃目を横薙ぎに払い、腹の部分を斬ろうとする。


 キーンと嫌な音を響かせながら火花が散る。しかし切断まではできず、後ろに飛び退いた。レニーのいた場所にハサミの先端が刺さる。腹の部分に小さな傷ができたがそれだけだった。


 レニーは舌打ちしつつ、予め装填していたエンチャントカートリッジによる雷の魔弾を撃つ。


 傷を狙ったがハサミに遮られてしまった。


 危うさを感じるほどの攻撃はなさそうだが、らちがあかない。


 やはり撤退だろう。


 そう考えてレニーは背を向けて走り出した。


 ズシンズシンと音を響かせながら後ろからスティールキャンサーが追ってくるのがわかった。


 とはいえスティールキャンサーはエサのある場所を大きく離れない。

 通路に出てしまえば追いかけるのを諦めるだろう。


 走る。影の尖兵でバフをかけるまでもない。スティールキャンサーはそれほど速度はない。通路に出て走り続ければそれだけで…………いや、追ってきた。


 通路に出てしばらくするが全く諦める気配がない。後ろに振り返るとハサミが掴もうとしてきていた。


「おっと」


 急いでかわす。しかし、激しくハサミを動かしながらスピードを増して追ってきた。


「うわっ、ちょっ、なんだ?」


 おかしい。いくら何でも激しすぎる。というかどんどん距離が近づいている。ギリギリまで伸ばしていたはずのハサミが、余裕を持って振り回せるほどになっていた。


 こんな反応するなんて鉱物より美味しそうなものをレニーが持っている可能性が考えられる。


 しかし魔光石なぞ珍しくもないし、剣に加工された鉄などはスティールキャンサーの好みではない。原石を好んでいるのだ。そのため、武器に関して金属製かどうかを気にする必要はないのだ。


 よほど珍しい金属か、原石として見られない金属……何か特殊な製法・・・・・・・で作られた合金・・・・・・・であれば、例外も存在するかのしれないが。


「…………うん?」


 レニーは何かが引っかかり、逃げるときに背中に納めていたミラージュを抜いた。マギ合金・・・・でできたミラージュを。マギ合金は魔物の素材と金属と掛け合わせてできる特殊な金属・・・・・だ。


「まさか」


 レニーはミラージュをスティールキャンサーに向けて投げる。スティールキャンサーは足を止めると口を大きく開けてミラージュを迎えようとした。


 血の気が引いた。


「げぇっっ!!!???」


 レニーは反射的に魔弾を撃ち、雷でスティールキャンサーを怯ませる。スティールキャンサーの口から逸れ、腹に当たったミラージュはカーンと音を響かせながら宙を舞う。


 スティールキャンサーのハサミがミラージュに伸びる。


「やばっ!」


 シャドーハンズでミラージュを掴み、レニーの下に引き寄せる。そして逆手で掴んだ。スティールキャンサーの視線がレニーに向く。


 見つめ合う。


「……これほど当たってほしくない予想はそうそうないよ」


 よだれをたらしそれを拭う子どものように、スティールキャンサーの口から泡が溢れ、ハサミで拭う。


「うわぁ」


 だらだらと冷や汗が流れてきた。ミラージュを食べられるサマを想像してしまい、全身にぶわっと鳥肌が立つ。


「じょ、冗談じゃない! 高級食品にされてたまるか!」


 残りの魔力を全て影の尖兵のバフにそそぐ。脚を強化し、スティールキャンサーに背を向ける。


 そして全力で走った。


「やばい、まずい、やばいまずいやばいやばいやばいっ!」


 通路を走り抜ける。追いかけようとするスティールキャンサーを置き去りにして、ただひたすら走る。


 出口の光を見て、飛び込むように出た。


 支配できる影の量が急激に減ったため、バフが大幅に弱くなる。全力のスピードに体が追い付かず、転びそうになりながらも、何とか踏みとどまる。


「はっ、はぁ……ふーっ、はぁ」


 呼吸を整えながら採掘場の入り口を見る。


 ……追ってきてはいないようだった。


「はっ、へっ、はふっ」


 荷物を放りながら座り込んで、倒れ込む。太陽で熱された岩肌が体を焼くようであったが、それよりも呼吸をして体力を取り戻したかった。


「はっ、は、反則……でしょ……」


 息切れしながら呟く。まさかミラージュを狙われると思わなかった。

 確かに撤退前提だったため、結果だけ見れば予定通りなのだが、完全な予想外だった。


 次戦うとしたら、レニーは常にメインウェポンを食べられるかもしれないという恐怖と戦いながら戦闘する羽目になる。


 ある意味で、厄介すぎる相手だった。


「はぁああ」


 大きく息を吐きながら、立ち上がる。マジックサックとミラージュを背負う。


 とはいえ、だいたいのことはわかった。


 やりようはある。

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