弾丸の話

冒険者と別ギルド

 ビルディンギルド。鉱山街デッコォのギルドである。サティナスと比べて熱を感じる空気に、軽い汗をかきながら、レニーはそのギルドに足を踏み入れた。


 ロゼアと違って酒場と受付が別のフロアになっているわけでもなく、広い空間に酒場があり、奥に受付があった。構造としては正方形で、半分ほど進むと階段がある。そこから二階に上がれるようだった。二階は中央が切り取られており、壁に沿ってフロアが設けられているため、一階からある程度様子を覗き込める。


 掲示板は二階にあるらしかった。


 ビルディンの冒険者を観察してみると、薄着が多い。温暖な気候と聞いていたが、熱っぽい感じがする。魔物と戦うときはさすがにもっと武装したりするのかもしれない。ギリギリまで涼しい恰好でいたいといったところだろうか。ロゼアでの装備のまま来たレニーは、じっとりと濡れた額を拭う。


 あとで適当な服を買おう。


 適当にあいていたテーブルに荷物を置き、マントと手袋を脱ぐ。手袋に関しては体から武器に魔力を通しやすくする便利なものだったが、非戦闘時なので今はいいだろう。


「……ふぅ……はぁ」


 革製の防具用ベストの前を開け、袖をめくる。解放感が強く思わず息を吐く。マジックサックに脱いだものを突っ込み、受付に向く。


 なんだか注目されている気がした。


 ま、いいか。


 受付へ歩いていき、そして途中で足を止めた。

 近くの席の男が足を出してきて、レニーの邪魔をしたからである。


「おい、随分いい装備してるじゃねえか。お嬢ちゃん」


 男が立ち上がる。背が高く、体も鍛えている様子だった。


「……うん? あぁ、そうだね」


 杖のクロウ・マグナも、片刃の剣であるミラージュもオーダーメイドだ。一応ルビー冒険者としての装備であるため、いい装備なのは当たり前だ。


「ちなみにオレは男だ」

「男ぉ? オマエみたいなひょろっちいのには宝の持ち腐れじゃないか? なぁ!?」


 意地の悪い笑みを浮かべながら同じテーブルの仲間に向かって同意を求める男。レニーはぼうっと男を見上げていた。


「あー」


 典型的な新人いびりというやつだ。カットトパーズに上がって、実力者になったと思い込んだやつがなりがちだ。そしてだいたいトパーズになれない。


 仕事上の信頼が重要視されるので、トパーズになっても素行の悪い者はいなくもないが。


 周りを見る。


 不快そうに顔をしかめたり、おびえたり、面白がっていたり……反応は当然様々だった。

 最後に足元を確認した。


「ちょっと俺らに貸してみな。悪いようにはしねえからさ」


 威圧されつつ、笑顔で「お願い」される。


「そうだね」


 こういうときはわかりやすいものに頼るに限る。ため息を吐きながら、レニーは体の中で魔力を練る。


 そして、魔力射出のスキルに任せて勢いよく放出した。


「おごっ!?」


 間近にいた男の体が宙を軽く舞い、床に背中を叩きつける。紫色の魔力を放ちながら、周りのテーブルを大きく揺らす。グラスなどを割ってはいけないので、セーブした。


 魔力量は魔法系のロールほどではないが、それでもそこらの冒険者よりはある。しっかり魔力を練って放出すれば、周りのものが壊れるほどの物理的な影響は与えられる。


「人を見た目で判断しないことだね」


 目を回している男の横を通り過ぎ、受付に向かう。魔力を抑えて、手で顔を仰ぐ。おすすめの宿も教えてもらおう。そう思いつつ、列に並んだ。


 しばらくすると、メガネをかけた切れ長の目の受付嬢が応対してくれた。


「お待たせしました。ご用件は」

「ロゼアのギルドから来たんだけど、救援依頼ってやつ」


 冒険者カードと、依頼書を渡す。


「確認いたします。レニー様ですね。ご協力ありがとうございます」


 冒険者カードを見つつ、受付嬢は気まずそうに眉を下げる。


「あの先ほどは失礼を……大変申し訳ございません」


 絡んできた冒険者のことだろう。ギルド所属ではないであろうし、素行の悪い冒険者がいるのはギルドである以上仕方がない。レニーのタイミングが悪かっただけだ。


「気にしてない。それより依頼の方は?」

「ありがとうございます」


 頭を下げる受付嬢。代わりに謝罪してもらえるのならそれで充分だ。

 その後、依頼書を読みながらも、受付嬢は口を開いた。


「現在我がギルドでは鉱山に出現した特殊個体のスティールキャンサーの討伐が難航しております」


 スティールキャンサーといえば、鉱物を食べる大きな蟹のモンスターだ。鉱山に出現する魔物としては珍しくはない。討伐難易度はトパーズ級だ。ただ、特殊個体ということはスキルツリーが成長して強くなっているのだろう。以前のシラハ鳥クソモンスターのように。


「このギルドにいる一番上の等級はカットルビーがひとり。何度か戦闘していますが決定打にならずに撤退しております」

「あぁ、クーゲルさんね」

「はい」


 クーゲル・エールリッヒ。魔弾専門のバレットウィザードというロールの、冒険者だった。レニーにスタッカークレーやスパイラル、そしてムーンレイズを教えてくれたのが、クーゲルであった。


 そのクーゲルからの手紙とギルドからの依頼書を受け取ったために、レニーはこちらにやってきたのだった。ギルド所属の冒険者が長期にわたり別のギルドにいる場合は移動先のギルドが協力依頼を所属ギルドに出すか、冒険者自身が書類を提出するかが基本だ。今回は前者なので、レニーは手続きはしていない。ギルド同士、対抗意識こそあるものの、敵対しているわけではないため、協力することもある。フリジットがレニーに依頼の説明をしたときにはかなり不満げであったが。


「今回は特殊個体のスティールキャンサーの討伐依頼となります。よろしくお願いします」


 受付嬢が頭を下げながら、書類を取り出すとレニーに手渡してきた。


「まぁ、やれるだけやってみるさ」


 レニーは書類を片手にそう答えた。

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