冒険者と去る日

 それから村中を探し回った。フューナと同様に家の中の一室に閉じ込められている者。倉庫の中に押し込められている者。そして隠された死体の山……その中にパールの冒険者たちペアもいた。


 残った村人たちと共に、犠牲者を弔った。


 フューナの家族は真っ先に殺されてしまったらしい。弱り切ったフューナのそばをいつもトバリがついていた。


 レニーは葬式の終わった夜に、外で冒険者カードを眺めていた。自分のものではなく、犠牲となった冒険者のものだ。


 彼らのことをレニーは何一つ知らない。助けられなかったことは、仕方がないとしか言えない。危険な仕事をしていれば、死が待っているのが自然の摂理というものである。レニーはたまたま運が良かっただけに過ぎない。どれだけ期待の新人であっても、腕っぷしが強くあっても、それだけでは生き残れないのが、世の中だ。


 自分だって、この死んでしまった冒険者と同じカードを持っていた時期がある。若く弱く、弱いながらも経験と教えと運でどうにかしてきた。どうにかできる依頼を受けてこれた。


 この二人は何のために冒険者になったのだろうか。何を思って死んだのだろうか。レニーは冒険者カードを眺めながら答えのない疑問を浮かばせ続ける。


 自分が死ぬときは――怒られそうな上にグーパンが飛んできそうだから考えるのはよそう。


「知り合いだったのか」


 後ろから話しかけられ、振り返る。

 トバリだった。隣にフューナもいる。


「いいや、全く。何の用だい?」

「慌ただしくてしっかり礼ができてねえと思ってな」


 フューナが前に出て、頭を下げた。


「村を救っていただいてありがとうございました」


 トバリも深く頭を下げてくる。


「……傷はよくなったかい?」


 フューナは笑みを浮かべた。とはいえ、心の底からではない。相手への感謝と無理に気持ちを沈ませないようにするための、つくり笑いであった。


「レニーさんのおかげです」


 レニーが持っていた軟膏やポーションの類は全て使った。フューナに限らず、村人にできる限り。


 こういうときにマジックサックの利便性の偉大さと普段から買い溜めていることの重大さを知る。帰って詳細を報告すれば、ギルドからも支援をいくらか受けられるだろう。


「気にしなくていい。冒険者っていうのはそういう仕事だ。助けるのも、死ぬのも、ね」


 ひらひらと冒険者カードを振ってから、マジックサックに入れる。


「キミら、これからどうするの」


 レニーの問いに、二人は顔を見合わせる。


「俺はフューナを助けたい」

「トバリ……」


 トバリの真っ直ぐな眼差しに、フューナは瞳を濡らす。二人の事情は知らないが、親しい間柄なのは、明白だ。


「俺は、ろくでなしだ。戦いの、己が生きる術しか教わってこなかった。だから、これからフューナの助けになれるかわからない。それでも、行き倒れた俺に、優しくしてくれたフューナの親が安心できるように、フューナが二度と辛い想いをしないように、守っていきたい」


 その決意に、その想いに、レニーは何ら口を出す理由はない。なぜなら、レニーがそれに付き合う気もなければ、知ろうという気もないからだ。


「そうかい」


 ゆえに、肯定も否定もせず、頷くだけに留めた。トバリは静かにレニーに歩み寄る。


「冒険者ってのは、俺でも稼げるのか?」

「トバリ、それは」

「キミ次第だね。欲張らなければ、安全に稼げるだろうさ」


 レニーは正直に言った。実力があるからといって、踏み込みどころを間違えれば死ぬ。当たり前のことだ。戦い方を観察する限りでは、カットトパーズまでは問題ないだろう。


「助けてもらって、厚かましいのは承知の上で頼む。俺も冒険者になれるように、あんたから教えてもらったりできないか」

「いいよ。ただ、ここに定住しながら冒険者はできない」


 レニーはフューナを見る。


「ちゃんと二人で相談して決めることだ。オレはキミらの事情を知らない。できるのは冒険者ギルドの紹介と、推薦状を書くことくらいさ。四日後にオレはギルドに戻るから、それまでに決めてくれ。冒険者になるつもりなら、帰るときにオレについてくればいい。そのつもりがないならそれきりさ。村でもキミらの生き方はあるだろ」


 レニーがそう言うとトバリは頷いて返した。




  ○●○●




「で、二人とも来るわけ」


 出発の日。レニーは大荷物と武器を抱え込んだトバリと、軽い旅支度をしてあるフューナを見る。


「……まぁ守るっつたのに離れ離れも心配だし」


 申し訳なさそうに目をそらすトバリ。フューナは深々と頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「資金は」

「武器売りゃどうにかなるだろ」

「まぁそんだけあればどうにかなるだろうね」

「いざとなれば泣きます」


 拳を握りしめて断言するフューナに、レニーは呆れに似た感情を抱いた。


「……いいのかそれ」

「私にできることは限られていますので」


 否定はしない。村娘が身一つで旅に出てやれることなぞほとんどない。


 体質を売りにするのは間違ってはいないが、あまり周りに知られすぎると彼女自身の危険に繋がるだろう。


 ロゼアで冒険者登録してもらう予定であるし……サティナスで暮らしていくと仮定すると、しばらくは平気だろうが。


 一応希少なスキル持ちを保護、支援しようとする団体はいる。最悪そこに頼るのも手かもしれない。レニーは詳しく知らないが。


「それじゃ行こうか。スタートは助けてやれるかもしれないけど、あとは自力でどうにかするよーに」


 二人を連れて、村を出発した。


 空を見上げる。


 二羽の鳥が翼を並べて飛んでいた。鳥の名は、レニーにはわからなかった。

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