冒険者と涙石
必要最低限の荷物を馬車に詰め込む。
「親父ィ! もうこれでいいんでねえですかい!」
部下に問われ、偽村長は頷いた。村の外で、逃走の準備を進めている彼らは、戻ってくるであろうルビー冒険者から一刻も早く離れたい一心であった。
まさかルビー冒険者が通りがかってくるとは完全に予想外だった。しかも、こちらを疑っていた。
偽村長は五十を迎えようとしているが、それだけ生き残ってきたのだ。そして経験も豊富ではある。
あのルビー冒険者はまずい。
こちらの手口に慣れている。長引けば長引くほど追いつめられる。だからこそ「ハリネズミ」のところへ行かせて、部下を少々犠牲にしつつ逃げる。
犠牲を覚悟しなければ逃げ切れない。馬車というのは速いわけではない。安定した速度で移動し続けられる移動手段だ。
「んーっ!」
馬車の中から声が聞こえる。
涙が宝石になる娘だ。ハリネズミはこいつを助けようとして何度も襲ってきた。もしも、ルビー冒険者がハリネズミと協力するようなことがあればこいつを人質にする。
「よしおめえら! 出るぞ――」
言い切った瞬間。馬車の車輪が弾けた。魔法で破壊され、馬が驚く。次に馬を繋いでいた金具に魔弾が当たり、馬が解放され、逃げ出した。
「やぁ、村長。どこへ行くつもりだい」
杖を片手に、あの冒険者がやってきた。
隣に、怒りの形相のハリネズミを連れて。
「チッ」
予想以上に早い。さては最初からハリネズミが敵ではないと予想していたのか。
「さて、キミたちには聞きたいことがあるんだ。ここらに来たはずのパール冒険者の行方だ」
剣を引き抜きながらゆっくり近づいてくるルビー冒険者。
「パール……だと」
「うん。彼らを探すのがオレの本来の目的でね」
「バカな。そんな下っ端のような仕事、ルビー冒険者が引き受けるはずがない!」
等級が高いなりに、受ける相応の依頼というものがあるはずだ。そこらに溢れているパール冒険者の捜索なぞ、等級が同じか、やってもひとつ上の冒険者がやるものだ。
「キミらの認識はどうでもいいんだ。答えは?」
「くたばったに決まってんだろうが!」
部下の一人が飛び掛かる。偽村長は慌てて止めようとしたが、時すでに遅し。ハリネズミが素早く腰の剣を引き抜き、その首を断った。
偽村長は右手に魔力を練りながら、叫ぶ。
「じゃ、キミらをどうにかしてじっくり証拠でも探すさ。冒険者カードは破棄されてるかもしれないけど武具とかあるでしょ」
「う、動くな。動けばこの荷物ごと吹っ飛ばすぞ! ハリネズミィ……! この意味がわかるだろ?」
後ろに手のひらを向けながら偽村長は叫ぶ。
しかし、布をかぶせられた荷車から、ルビー冒険者が出てきた。娘を抱き上げて、当然のように出てくる。
「――――は?」
「ども」
ルビー冒険者がいたほうを振り向く。黒い影となって地面に溶けていくところであった。
「ぶ、分身……だと」
偽村長が呆けてしまっている間に、ルビー冒険者はハリネズミの前まで飛び降りると、目の前に娘を寝かせる。
「フューナ!」
ハリネズミが娘に抱き着き、そして剣で縄を切って解放する。娘は涙ぐみながらハリネズミと抱き合った。こぼれ落ちた涙が、大粒の宝石に変わる。
偽村長は歯嚙みした。どれだけ痛めつけてやっても、あんな見事な宝石にはならなかったというのに、ルビー冒険者に助けられてすぐにあんな上物を出すとは。
最初からあれだけの宝石を出していれば、こちらも苦労せずに済んだというのに。
「て、てめえら! 始末しろ!」
偽村長は己の得物である長杖を取り出しながら部下に向けて叫んだ。
○●○●
「……おぉ、凄い。本当に宝石だ」
二つ。大きめの透明な宝石が地面に転がっている。涙が膨張して宝石を作り出したところを見ると、スキルに近いのかもしれない。
レニーは感心しつつ、それを拾う。太陽に照らしてみるとキラキラと輝いた。
「へー綺麗だね」
「ちょ、アンタそんなことしてる場合か」
トバリに突っ込まれながらも、レニーは自分の影を支配して、大きな影の手を出現させる。それで、襲ってくる賊を薙ぎ払った。
人数的には五人。今二人倒したので残りは三人。奥に控えている偽の村長を合わせても残り四人だ。怯えるほどでもない。
「これ、もらってもいい? 記念に」
「き、記念ですか」
フューナと呼ばれた少女が問うてくる。ひどい仕打ちを受けたのか、着せられたぼろから出ている素肌にはいくつもアザや傷が見えた。
レニーはマジックサックからポーションを取り出す。
「うん、記念。涙からできた宝石なんて売るのもったいないし。はい、ポーション。気休め程度だけど飲んどきな」
「は、はい」
両手で受け取って少女はポーションを飲み始める。
部下が三人襲ってくるが、トバリが前に出ると、背中のハルバートを鮮やかに引き抜き、三人とも薙ぎ払いで倒した。
残るは偽村長のみである。
「ぐっ、こんなはずでは」
「気をつけろ、レニーさん。俺がフューナを取り戻せなかったのはあいつが原因だ」
「へぇ」
杖を構えながら魔法を発動する偽村長。水の槍を射出するアクアランスの魔法が二人に飛んでくる。
「ほい」
レニーは魔弾でアクアランスを相殺する。そして、トバリは右手に剣、左手にハルバートを持った状態で偽村長に突っ込んでいった。
「ぐ、調子に乗るなよ」
杖を高く掲げると、水の大蛇が偽村長の背後から現れる。
ハイドロスネーク。軽く村は破壊できるであろう、中位の魔法だ。攻撃範囲だけで言えば広く、ただの賊が扱えるとは思えない魔法だ。あの偽村長は年相応に実力を持っているらしい。
「トバリ……!」
フューナが不安げに胸に手を当てる。
レニーは自分の影を、ミラージュの剣先ですくう様にすると、影を纏わせた。ミラージュに影の尖兵のバフをかけ、そして魔弾を強化する。
トバリは両手の武器で回転斬りを放ち、ハイドロスネークの中を進んでいく。だが、その先には第二、第三のハイドロスネークが待ち構えていた。
ああいった魔法の物量でトバリを押し流して撤退まで追い込んでいたのだろう。
まぁ、ただ。今はトバリだけではないのでうまくいくはずがない。
「マジック、マグナム」
魔弾を撃ち出し、後ろに控えているハイドロスネークを破壊する。頭の方に魔力が集中するので頭さえ撃ち抜けばだいぶ弱体化する。
「うぉおお!」
ハイドロスネークの中を斬り抜けて、偽村長にトバリが迫る。
「させぬ!」
杖を地面に突き立て、土の壁がトバリの目の前に現れる。
が、両手の武器を捨てて、即座に腰の大槌に武器を切り替えるとそれを叩きつけて壁を破壊した。
粉々になる壁の先に、偽村長の驚愕する姿が見える。
「へっ」
しかしすぐに笑みを浮かべた。
「串刺しだ!」
地面から棘が突きあがってくる。それを見て、トバリはすぐさま跳躍すると、棘を槌で叩き壊しながら、さらに上空に行き、偽村長の頭上に出た。大槌はすでに手放しており、大剣を引き抜いている。
「ヒッ」
偽村長の悲鳴は続かなかった。
真っ二つにされ、血煙を上げながら、その長い生に幕を閉じたからである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます