冒険者とハリネズミ

 こういった村などで直接受ける依頼というのは、正直なところ冒険者にとっては微妙に引き受けたくないときも多い依頼だ。


 例えば報酬だ。

 ギルドを通して出される依頼は適正な報酬だ。難易度に合わせた報酬が設定されており、しっかりと基準が明確になっている。

 個人に依頼される場合、「報酬をたんまり出す」と言われても個人の感覚によって違うものであるし、個人で出せる報酬も限界がある。ほぼタダ同然で働く羽目になることもある。まぁ、だからこそギルドに張り出されず個人で依頼されるとも言えるのだが。


 他にも依頼を正式にギルドに認めてもらう手続きだ。事後承認という形で、個人の依頼はギルドに認定してもらって適正報酬に変更できる場合もある。例えば、凶悪な魔物討伐であったり、大規模な獣害の対処であったりだ。


 しなくても良いのだが、その方が報酬をもらえるときもある。単純に実績にもなるのでコンフィデンスラインを増やす要因にもなる。無論、難しい依頼であれば昇格にも繋がる……が調査費がかかるので報酬がマイナスに、となることもある。


 ちなみに余談であるが、「常駐討伐依頼対象」に入っている魔物であれば、討伐さえ証明できれば、手続きはかなり省略できる。依頼書が張り出されていないものの、出会った際に討伐した方がいいと判断される魔物、緊急性が高い魔物が常駐討伐依頼の対象になっている。

 レニーが以前討伐したレッドロード等が対象だ。


 つまり、個人やその場の村の総意などで依頼されるものは報酬が労力に見合わない可能性が常にあるということだ。正式な手続きを踏まない弊害ともいえる。冒険者がタダ働きにならない為のギルドなので、当然と言えば当然だ。


 ラウラが頼まれごとを大体引き受ける人間だったのでよく手伝わされたし、事後承認の為の手続きは慣れた。子どものために薬草を採取するなどの依頼は簡単に報酬がマイナスになった。その分マイナスになる額も少額なのだが。ちなみにマイナスにしない為には申請しなければいい。ギルドはその行為自体は認めている。ただ実績にならないか、受け取れるはずの報酬が受け取れなくなるかだけだ。


 ラウラがそういう依頼を繰り返してコンフィデンスラインを上限まで上げていたようだし、報酬がマイナスになっても、信頼度が上がるのならいいかという思考にはなっている。ギルドの信頼度が上がればそれだけ頼られるし、依頼も受けやすいというものだ。


 レニーは興味本位でその場の依頼を受けるし、受けない。基本的に受けるが。正直、今回のは受けない方が良い類のものだ。


「さて、どんなもんかな」


 小さな泉のそばに立っている小屋を見る。マジックサックを地面に置き、近づく。小屋の前の広場で、青年が立っていた。広場は整地されており、そこを除いた周辺は背の高い草木に囲まれている。


「何者だ」


 非武装……ではない。腰にショートソード二本。交差するように鞘に納められている。

 視線を横に移す。小屋のすぐそばに大きな箱に立てかけられた武器があった。大剣や槍、ロングソード等びっしり入っている。


 青年は温厚そうな見た目をしていた。赤黒い髪に、瞳をしている。表情は無理に引き締まったような余裕のなさがあった。

 フード付きの衣服の上に、革製のベストのようなものを着ている。皮鎧の役割だろう。


「ハリネズミを倒しに来た……っていえば通じるかな」


 レニーは笑みを浮かべながら、そう返した。

 瞬間、箱が目の前に飛んできた。武器の山がレニーの体を穴だらけにしようと襲ってくる。


 レニーは前に滑り込んだ。


 投げられた箱の下から、魔弾を撃つ。それで、武器が飛び散った。地面に刃が突き刺さったり、転がったりする。それに当たらないように気を付けつつ、ハリネズミを見る。

 フックのついたロープを捨てたハリネズミは袖からナイフを出して、そのまま投げてきた。


 魔弾でナイフを落とし、ミラージュを引き抜く。


 交差して突き出されるショートソードに振り下ろしで応戦する。すかさず蹴りが飛んできた為、後ろに跳んで避ける。


 ハリネズミは蹴りにまぎれて槍も蹴り上げていた。手品のように右手のショートソードから槍に武器を持ち替えて、変化した間合いの中にレニーを入れ、突きを繰り出してくる。


「おわっ」


 慌ててミラージュで受けて軌道をそらす。ただの突きとは思えない衝撃が腕に伝わってきた。


「せぇい!」


 槍はすでに手から離れており、左手にあったショートソードを両手に持って斬りかかってくる。


 縦斬りをミラージュで受け、横薙ぎを頭を下げて避け、突きを身を回転させて避ける。


 やけに衝撃が強い。


 シャドーステップを発動する。そして距離を取った。


 しかし。


 ショートソードが投げられる。正確な投擲の結果、レニーの胸に刺さった。


「なっ……?」


 驚いた顔で自分の体を見下ろすレニー。その姿を疲れたように見るハリネズミ。


「……あばよ」

「……なんてね」


 舌を出しながらレニーの体が真っ黒に染まり、溶ける。


 分身だった。溶けた分身の後ろからミラージュの持ち方を変えたレニーが立つ。


 徒影トカゲの尻尾。レニーがルビーに昇格したころに手に入れたスキルだった。魔力を込めて分身を作り出し、その分身に「念じただけの行動を起こさせる」ものだ。


 まぁ、今はシャドーステップに合わせて発動して、行動させる前に攻撃で消滅させられてしまったのだが。


 隙が作れれば同じだ。

 

 ミラージュから魔弾を撃ちだして、ハリネズミの近くにあったロングソードを弾き飛ばす。


「拾って武器を変えるなら、拾わせなきゃいい。だろ?」


 挑発的に、レニーは言い放った。

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