ハリネズミの話
冒険者と直接の依頼
レニーがその村に泊まったとき、やたら態度が柔らかいのが気になった。冒険者という職業は獣害などのトラブルを解決するとはいえ部外者だ。一定の距離感や近寄りがたさを感じるよそよそしさはある。
ない場合は無理をしているか、本当にいい人たちであるか、依頼があるかだ。
今回は依頼があるパターンだ。白湯をふるまわれながら、レニーは察した。
村長の家であった。入ってすぐの広間のテーブルで、初老の男性であると思われる村長と向かいあっている。鼻が赤く、目の掘りが深く、視線が細い。頭髪は頭頂部だけなくなっており、後頭部などは白髪がのびている。
疲れ切った顔のわりには体はしっかりしているようで、姿勢は悪くはない。
「朝からお呼びだてして申し訳ない」
「いえ、気になさらず」
「実はあなたに折り入って話があってな」
両手を組みながら、慎重な語り口で話し始める。
「あなた、もしくは知り合いでもいい。この近くに住んでいるとある人物を討ってほしい」
レニーは片眉を下げる。
「と、いうと」
「我々は、『ハリネズミ』と呼んでいるのだが。こやつが度々村を襲っておってな」
「理由は」
「娘、でしょう」
村長はそこで前のめりになる。
「ところで、レニーさんの等級はいかほどで」
「ルビーです」
目を見開き、それから笑みを浮かべる。
「ということはかなりの実力者ですな」
冒険者の等級の理解はあまり浸透しているわけではない。それでも、ルビー、サファイアと言えば頼られる。噂で世界的に有名になる冒険者がそこらの等級であるからだ。
少なくとも「カット」の存在はあまり知られていないだろう。まぁ、依頼する側からすればパーティーに依頼することが多い為、個人がカットであろうがなかろうが、パーティーとしての等級は変わらない。
「では、秘密も漏らす心配はないな」
「秘密?」
「娘の体質は特殊でね」
村長はそう言いながら右目の瞼と涙袋を人差し指と親指で引き延ばし、目玉を強調した。
「
「……はぁ。そりゃ需要ありそうですね」
レニーは正直信じてなかった。スキルや病でそういう人間がいることは否定しない。魔力が結晶化して、鉱石になることもある。魔物の素材と金属を掛け合わせて合金をつくれるのだ。人体の成分や魔力、そして何かしらの体質でそうなることはあるだろう。
しかし、レニー自身は英雄的な行動を続けているとかではなく、ロゼアギルド所属の、ちまちま稼いでいる冒険者だ。等級のわりには一般的な生活をしているレニーの目の前に現れるなんて思っていないのだ。
本当に宝石になるとしても小さすぎて価値にならなかったりするのだろう。涙というのも金儲けの手段にするには不安定すぎる要素だ。
従って、ぽんとおとぎ話のような話を出されると、どうにも実感できないというのが最も正しい表現かもしれない。
「それで宝石目当てで襲われる、と」
村長は頷く。
「娘は体が弱く、あまり外には出ないのだが、ハリネズミに襲われるようになってから体調が悪化してな。余計に床に伏せるようになってしまった。娘の為にも討ってほしいのだ」
レニーは目をそらす。しばらく無言で思案する。
「……報酬はたんまり出す。どうだね」
「…………」
「レニーさん?」
「……ちなみにハリネズミの由来は」
「全身に武器を持っているからだ」
レニーは口の端を釣り上げた。
「へぇ、そりゃ面白そうだ」
武器というのは持てばいいというものではない。自分に合った武器を極めねば、いくら強い武器を持っていても宝の持ち腐れになるだけだ。
全身に持つということはそれだけ背負う武器の総合的な重量も増えるし、効率的とは言えない。レニーだって敵から武器を奪って使えるというだけでメインは剣と短杖だ。わざわざこれ以上持とうとは思わない。
一体、どう戦うのだろうか。
宝石よりもハリネズミの方が気になった。戦闘の方がレニーにとっては身近だ。器用貧乏のスキルを持っているし、動きが参考になるなら盗みたいところではある。
「わかりました。引き受けましょう」
「ありがたい。助かる」
「ちなみに娘さんから話を聞いたりはできますか」
レニーの問いに、村長は首を振った。
「残念ながら、とても弱ってるのであまり心労をかけさせるようなことはしたくないのだ。すまぬな」
「いえ、そういうことなら……」
ダメ元で聞いた為、食い下がるつもりもない。
「それじゃ、場所を教えてください。すぐ行きます」
「は? すぐに?」
驚いた様子の村長に、レニーは頷く。
「えぇ。善は急げといいますので」
心にもないことを言って、取り繕った。
今回は、ただの興味だ。
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