与太フールの話

冒険者と一日の与太話

 窓から差し込む朝日で、目を覚ます。


「うぅん……」


 目を開けながら、腕を伸ばす。伸ばした腕を見て、手のひらを顔に向ける。


「……あれ」


 思ったよりも高い声。思ったよりも小さい手。浮かぶ疑問に、首を傾げた。


「あー、あっ」


 声を何度も出す。喉に手を当てて、そして肘に柔らかい感触があった。


「にゃっ?」


 驚いて自分の胸元を触る。そして自分の股にも手を伸ばす。


「ないっ!」


 慌てて起き上がって、ベッドから落ちる。急いでマジックサックから小さな手鏡を取り出すと――やけにかわいいデザインで見覚えのない手鏡だったが――自分の顔を映す。


 幼さの増した顔。寝ぼけた瞳に、桃色の髪は肩甲骨あたりまである。


「は? え?」


 冒険者カードを取り出す。黄色・・のカードに、名前が書かれている。


 リジー・・・・ユーアーン、と。


「な、な……」


 小さな唇をあわあわと動かしながら、リジーは叫んだ。


「にゃにこれぇえええええええええ!」




  ○●○●




 リジーは男だったはずだ。だというのに今女性の体をしている。背も縮んだし、髪も長くなった。顔立ちや目の感じでわかる。自分の記憶している姿とは違うが、これは間違いなく自分だ。しかし己はレニー・ユーアーンで、ルビー冒険者のはずだ。


 だというのにリジーはトパーズ冒険者だ。武器もクロウ・マグナではなく短杖であるし、ミラージュではなくカットラスだ。


 そして。


「ふ、ふりじっと……?」


 リジーの目の前に、顔の良い男がいた。短く切りそろえた銀髪に、甘ったるい笑顔。右目が青で、左目がオレンジ色。男性用に調整されたセーラー服を着ている。身長は高く、リジーが若干見上げなければならないくらいだ。

 支援課の受付に立っている、無駄に顔の良い男はリジーの呟きに眉をひそめる。


「フリジット? もしかして他に男でもできたのかい?」


 からかうような笑みを浮かべて、顔を近づけてくる。


「ち、ちがっ……ご、ごめん。キミの名前なんだっけ」

「はぁ、リジーちゃん? 元恋人の名前忘れるとか、イケナイ娘だね」

「フリね、フリ。ほら、フルネームが」


 恋人のフリというのを強調して言ってみると相手はかけらも疑問を抱いていないようだった。

 良かった、本当だったらどうしようかと思った。


「あぁ、名前しか呼ばないもんねぇ。ブルーノ・フランベルだよ、リジー・ユーアーンちゃん」


 小さく額を指で突かれる。

 リジーは周りを見る。女性冒険者はあまり多いわけではないのだが、明らかに羨ましそうな視線がリジーの方に向けられていた。


 ……やりづらい。


「忘れないように」


 いちいち笑顔がキラキラ輝いている気がする。気のせいだと思いたい。


「ごめん、覚えておくよ」

「ほんとかなぉ?」

「ホントホント」


 訝し気な視線を向けられながら、リジーはそれから逃げるように顔をそらす。


 女性の体になったせいかいつもより香水やら何やらの匂いを感じられる。


 ブルーノの甘い匂いにくらっとしそうだった。




  ○●○●




 酒場のいつもの席で突っ伏す。


「だぁああ……」


 疲れた。

 記憶はレニー・ユーアーンなのに、環境はリジー・ユーアーン。

 もう何を信じればいいのかわからない。


「お嬢ちゃん」


 悪い夢でも見ているのかと思って頬を何度かつねったがちゃんと痛かった。

 泣きたい。


「お嬢ちゃん」


 肩を叩かれる。顔を上げると、見知らぬ男がいた。リジーの目線が向いたことで、笑みを浮かべる。


「相席いいかい」

「……悪いが気分じゃないんだ。他んとこ行ってくれ」


 手を振って断る。

 だが相手は目の前の席に座ってきた。


「まぁまぁ、そう言わずにさ。これでもベテランなんだぜ、お嬢ちゃんに色々教えられるかも」


 ――背筋がぞくりとした。


 あぁ、なんで表情なんて読み取ってしまったのだろう。女装したときに賊が向けてくる目……ほどではないが、そういう類の目だ。


 レニーのときは気にしなかったが、今はただでさえ状況に混乱しているのにリジーの体だ。


 不快感が強かった。


 リジーは立ち上がって、その場を去ろうとするが、腕を掴まれる。


「おいおい、いきなりいなくなろうとするのは酷いんじゃないか」


 どうやら強引にでもいきたいらしい。リジーは魔力を練る。


「……気安く」

「気安く、触るな」


 リジーが影を操ろうとしたところで手が割り込んできた。強く男の腕を掴む。


「いでででで!」


 捻りあげられて、リジーから手が離れる。


 金髪に、碧眼。絵画から出てきたかのような美少年。


「……はえ、ルミナ?」

「ルミナ? ボク、ルキウス。リジー、ボクの名前。忘れちゃった?」


 しゅんとなる可愛らしい少年に、とてつもない罪悪感がわく。


「あ、いや、ちゃんと覚えてるよルキウス」


 安心したように微笑むルキウスにドキリとする。天使に微笑まれたりしたらこんなものなのだろうか。


「リジー嫌がってる。失せろ」

「ちっ」


 手を離された男は腕をかばいながらその場を去る。ルキウスはため息を吐いた。


「平気?」

「ありがとう、ルキウス」


 自分でなんとかできただろうが、他人にかばってもらってこんなに安心できるとは思わなかった。


「ボク、相席したい。良い?」

「……うん」


 二人で座る。


 ため息を吐く。食事を互いに頼んで、あれこれ喋る。

 性別が逆転しているだけで、特に変わりはなさそうだった。ソロ仲間はどこまでもソロ仲間らしい。


 少しだけ安心した。




  ○●○●




 酔った。


 現実逃避とちょっとした安心感で飲み過ぎた。ぼうっとしているリジーをルキウスが心配そうに見る。


「大丈夫?」

「へいきへいき」

「珍しい。滅多に酔わないのに」


 額に手を当てて、肘をつく。


「もし寝落ちたら持ち帰ってくれ」

「持ち帰っていいの?」

「ひとりじゃどうしようもできない」

「……わかった」


 なぜかあきれたような視線を向けられる。


 するとテーブルを手で叩かれた。


「早撃ち勝負だ! リジー! 今日こそオレが勝つからな」


 声変わり前の男の子のような声が聞こえ、視線を向ける。


「……誰」


 男の子だった。背が低い。

 猫背になって座っているレニーでやっと目線が合うくらいだ。黒に白い装飾の入ったローブを着ているが、オーバーサイズなのか、やや動きづらそうだ。両脇にはホルスターに収納された魔書がある。


 琥珀色の瞳はギラギラ光っており、茶髪は無駄に艶があった。


「ショーターだ! いい加減覚えろ」


 リジーはそれには答えず、ショーターの後ろに目を向ける。青空のような髪が腰まで伸びていて、瞳も空のような女性がいた。服の上からもスタイルの良さが窺える。


「ノアか」

「ノア? 私はノワールだけど」


 そして、明らかな嫉妬の目線がリジーに向けられていた。


「あぁ、こっちの話だ。気にしないでくれ」

「いいから勝負だ!」

「はいはい早撃ちね」


 ショーターの頭をぽんぽんと叩く。


「子ども扱いするなぁ!」

「あぁ、ごめん。手が勝手に」

「くっそぉ! オレが勝ったらなんでもいうこと聞いてもらうからな」

「あーはいはい。お好きにどうぞ」


 ルキウスは自分の頭に手を当てているし、ノワールは笑顔のまま青筋を立てる。

 無邪気にはしゃいでるのはショーターだけだった。


 微笑ましいな、とショーターを見ながら思った。




  ○●○●




 中庭で対峙する。例のごとく、野次馬がいた。


「今日こそぎゃふんと言わせてやる」

「ギャフン」

「言えばいいってもんじゃないのっ!」


 抗議しながらもショーターの目が鋭くなり、速度重視の魔書を展開する。その姿を見て、リジーも緩んでいた気が引きしまった。


「それじゃ、コインを弾くよー」


 ノワールがそう言い、コインを弾く。宙にコインが舞う。

 そして落ちた。


 床にコインが振れた瞬間。

 手のひらを短杖に当て、弾き上げるようにシャフトを前方に向けると魔弾を放った。


 魔弾が弾け、音を響かせる。


 かすかに焦げ臭さに似た香りがした。


 勝った。明らかに。


 リジーの方が速度があからさまにあった。現にショーターは呆けた顔でこちらを見ている。予想外だったのだろう。


 そして予想外はリジーもだった。


「アラぁ?」


 情けない声を上げながらリジーは転んだ。酔っているのに、レニーの感覚で魔弾を撃ったのがまずかったのかもしれない。思った以上に反動を感じて、バランスを崩した。


 そして頭を打った。


「はにゃあ……」


 そのまま視界が暗転した。




  ○●○●




 エレノーラの視線が、レニーに向けられる。


「今日はやけにテンションが低いが、どうしたのかね」

「いやちょっとね」


 クロウ・マグナとミラージュを軽く見てもらいながら、レニーはため息を吐く。


 自分が女になるなんて、頭のおかしい夢を見たものだ。


「そうか。ところであれはどうだった?」

「何が」

「ほら、この間渡しただろう? 愉快な夢を見れる薬」


 レニーは沈黙した。

 確かに記憶にあったからだ。悪夢に悩まされる人向けに開発した、愉快な夢を見る薬。試飲を頼まれて、面白そうだからと承諾したのだった。


「……愉快かもしれないけど、オレ的には悪夢だった」

「ふむ、改善の余地ありか」


 レニーは天井を見上げる。


 今日は依頼をこなしてすらいないのに疲れていた。


 帰って寝直そう。


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