冒険者と微笑み
ギルドのスペースが、いつもより明るい雰囲気だった。ヴァレンティーナの双日だからだろう。
受付でフリジットが小さく手招きをしてくる。従わない理由はない。レニーはそちらへ向かった。
そわそわした様子でフリジットは囁く。
「夕方、日の入りくらいに噴水前に来れる?」
「行けると思う」
「じゃあ来てね。待ってるから」
いつもよりも真剣でぎこちなくフリジットが言ってくる。レニーは珍しいとは思いつつも、頷いて掲示板の方へ向かった。
――とはいえ、特に受けるつもりはないのだが。
フリジットが予めヴァレンティーナの双日の話をしていたし、確認で来た方がいいのかと思ってきただけであって、今日は休みにしようと思っていた。依頼を眺めているのは、来たからついで、というだけだ。
「レニー」
後ろから声をかけられて、振り返る。ルミナが小さな箱を持って立っていた。
「依頼。行くの?」
「いや、眺めてるだけ。今日はオフ……ほら剣ないだろ」
レニーはマジックサックに手を入れて、小箱を取り出した。
「はい、ルミナ」
ルミナが小首を傾げる。
「なに。これ」
「髪留めゴム。魔物の素材使ってるし、丈夫だよ」
レニーの顔を見上げながら、ルミナは目をしばたたかせる。
「ヴァレンティーナ?」
「うん」
「レニー、女の子?」
「お世話になってる人に渡すんだから男女関係なくていいでしょ」
ルミナはぼうっとして、それから自分の箱を見て、差し出してきた。
「じゃ、交換」
小箱を互いに受け取る。
「……開けて、いい?」
「どうぞ。俺もいいかい?」
周りを見つつ、邪魔にならないスペースに移動する。レニーもルミナも箱を開けた。
レニーの小箱にはヘアピンが入っていた。三角形で青系統のグラデーションが入っている。
「綺麗な色だね」
「えっへん。前髪邪魔そうなときあるから」
レニーはその場でヘアピンをつけてみる。
「確かに。前髪が鬱陶しいとき便利かも。気が楽だね……ありがとう」
微笑んでルミナに礼を言う。ルミナは顔を少し赤くして頷いた。
「レニー、これ」
ルミナが摘まみ上げた髪留めのゴムは小さな円形の石がついていた。その石は花の形に加工されており繊細なタッチで表現されている。そんな髪留めが二つあった。
「ほら髪留めのヒモ千切れてたろ。その方が結びやすいし、場しのぎにもなるかなって」
「綺麗」
ルミナは小箱をポーチにしまって、髪を結ぶ。ストレートからいつもの髪型になった。
「どう?」
「うん、その方がルミナって感じする。どっちの髪型もいいけどね」
「そ。ありがと」
下げた髪の片方を鼻の方に持っていきながら口元を隠すルミナ。
とりあえず、喜んでもらえたようで安心した。
○●○●
やたら、緊張する。
噴水の前で待ちながらフリジットはそわそわしていた。
自分なりに頑張ってみたけど、喜んでくれるだろうか。これからプレゼントをする身としては不安しかない。
昼にプレゼントを済ませていたルミナを思い出しながら、羨ましいと思う。
早く来てほしい……いや、まだ来ないでほしいなぁ。
空を眺めながら、水の音を背景に、ただひたすら思考を巡らす。
胸中に浮かんでくる不安、期待。入り混じって、もどかしい。そんな気分。
「やぁ」
「うひっ!」
声をかけられて、思わず心臓が飛び出そうになる。ぼうっとしていて気付かなかったが、目の前にレニーがいた。髪留めはもうつけていない。
まぁ男性だろうから常につけるのも抵抗あるのだろう。
「れ、れにーくん」
「そんじゃ、はい」
レニーは小箱をフリジットに差し出す。小箱とレニーの顔を交互に見る。
「え? 私?」
「他に誰がいるんだい」
首を傾げながらきょとんとされる。フリジットは恐る恐る小箱を受け取って、そこに書かれた店名に目が飛び出そうになった。
「ちょ、待って!? これディ・エレールのじゃん!」
「うん? あぁ、刺繍が綺麗だったから。ルミナのプレゼントと値段そんなに変わらないし。え、何。有名なの」
「知らずに買ったの!? 貴族に大人気のブランドなんだけど……え? ちょちょちょっ、えと。待って! 開けて良い?」
「待つし、開けて良いけど」
箱を開けると、白いハンカチが中に入っていた。黄色い大きな花と小さなピンクの花で彩られており、非常に繊細な刺繍が施されている。
「えっと、レニーくん。花言葉って知ってる?」
「知らない」
「……だよね」
小箱をポーチにしまって、ハンカチを眺める。手で大事に包み込んで、何度も見る。普通だったら柔らかな手触りやデザインの見事さに感嘆するのだが、それどころではなかった。
「……おわぁ、ありがとう。凄く嬉しい」
嬉しさで弾む心とは裏腹に、不安が膨らんでいく。
霞む。
絶対自分のプレゼントが霞む。
どきどきして、どうしようもない。
「…………ごめん」
落ち込みながら、謝る。レニーは珍しいものでも見るかのようにきょとんとした。
「どうしたの、いきなり」
「い、いやぁ。釣り合わないなぁって思って。私が用意したの」
ポーチから箱を取り出し、渡す。
「気にしなくていいさ、用意してくれるだけで嬉しいものだし」
「え、えと。本当、ごめん。その、手作りのチョコレートなんだけど……」
「つくったんだ。苦手なのに」
「ほえ? 苦手なんてレニーくんに言ったっけ」
あきれ顔が返ってくる。
「わかるでしょ。酔った勢いで料理の失敗エピソード何回か聞かされてればね」
……どうしよう、恥ずかしさが増してきた。
「あはは……はは……味はちゃんとしてます……」
「帰ってゆっくり食べるよ、ありがとう」
「ま、待って! 一個、一個でいいから食べて」
「なんで」
「そ、その……不安だからっ! レニーくんの好きな味なのかなとか、おいしいかな、とかいろいろっ」
「別に気にすることじゃないと思うけどな……だいたい好きだし」
だからそれが困るんだっての!
心の中で突っ込みながら、フリジットは手を合わせる。
「お願い、この場で感想聞かせて。ねっ!」
なんかもうお返しとしては破格くらいのものをもらったせいで、せめておいしいと感じてもらえないと安心できなさそうだった。失敗を重ねてつくれるようになったとはいえ、材料費など考えれば天地の差だ。
「まぁ、断る理由もないし」
レニーは丁寧に箱をあけて、チョコをひとつ摘まみ上げる。
心臓が跳ね上がった。
「いただきます」
口をあけて中に放り込まれるチョコ。悲鳴をあげそうになる心臓を必死に抑える。
「ど、どう?」
返答はすぐ来なかった。咀嚼しながら、味わっている。
「……あ」
レニーは優しげに微笑んで、箱を大事そうに見た。目を細めて、何か懐かしむような、そんな感じの表情で、笑みを浮かべている。
「すごく、おいしいや」
――初めて見た、そんな顔。
「おいしいよ、これ。フルーツ入ってるんだね、甘みが変化あって凄くいいと思う」
そんな顔、できるんだ。
「フリジット?」
「……え、あ、良かった! えへへ」
「残りはゆっくり食べるよ」
箱を仕舞いながらレニーが言う。フリジットは何度も頷いた。
「女の子の手作りなんて滅多にもらえないんだから。噛み締めてねっ!」
「ハイ、噛み締めます」
その後はお互いにいつも通りの態度で、別れた。
○●○●
家の扉を閉める。
ポーチからもらったハンカチを取り出して、花の刺繍を撫でる。脳裏にはチョコを食べたときのレニーの顔が浮かんだ。
穏やかで優しい顔。
「……ダメだよ」
フリジットは扉にぴったり背をつけながら、我慢してた言葉を吐き出した。顔が無性に熱い。耳まで真っ赤になってるに違いない。
口元にハンカチを当てる。意識的ではなく、無意識に。あふれ出る言いようのない感情を沁み込ませるように。
「ずるいじゃん、あの顔」
もらったハンカチは新品なのに、なんだか甘い匂いがした。
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