冒険者と空のグラス
レニーはジロリとベッドを見る。ベッドの上には、フィーヌが脚を伸ばして座っていた。
「……何の用?」
「なんじゃと思う」
フィーヌは瞳を濡らして上目遣いに見てくる。白い服の隙間から、褐色の肌がのぞく。
「わからないから聞いたんだけど」
「余の気分。そなたと話がしたかった、それだけだ」
両手を広げて寝転がる。そして蠱惑的な表情で、自分の隣を手で叩く。
「一緒に寝ないか」
「不敬にあたると思うから、遠慮しとく」
頬を膨らませる。
「からかい甲斐のないやつめ。英雄色を好むというではないか」
「英雄じゃないんでね」
「フロッシュは興奮していたぞ。行動に移さなかったが」
「……彼女にもこんなことしたの」
眉を潜めて、聞いてみた。
「そうだが、嫉妬か?」
楽しげに問われる。レニーは肩をすくめた。
「特にする理由はないね」
「ほう。では見境ないと思われておるのかの」
「ないね。人は選んでる」
フィーヌは人をよく読み取っている。誰彼構わずというのは絶対にないだろう。ただ、レニーからすると随分ズレを感じる。会話や思考に、世間離れを思わせた。
見えている世界が違う。
「人の価値は魔法だけではない。エルフの価値観は長い間で凝り固まりすぎた。ゆえに外の価値を混ぜていかなければならない。余は女王なのでな。優秀な血を残すのも仕事だ。引き込めそうならいくらでもするさ」
「仕事、ね。本当にそう思ってるか怪しいところだね」
月の光に照らされて、金の瞳が輝いた。
「……余はそなたの想像の数十倍は生きておる。人の営みをいくつも見てきた。星のように煌めいて、余にはないものがたくさんあって、それらが全て羨ましかった」
天井を見上げる。
「個として見られる喜び。個として愛する尊さ……余には中々得られない喜びだ」
小さな手を伸ばして虚空を掴む。そして、手を開く。何も得られない手のひらに、苦笑する。
「そなたは、よく見てくれておる。きっとそなたに愛されたら幸せだろう」
「……
「ここだ」
即答し、胸に手を置く。
「小さな体では魅力を感じないか」
「オレのことを好きなわけじゃないだろ」
「……ではそなたはどうだ? そなたの好きは、愛はなんだ」
「ないさ。そんなもの」
レニーは目をそらして、断言する。
「ルミナはどうだ」
「どうしてルミナが出る」
「そなたとて男だ。
その言葉を聞いて、胸がざわついた。怒りの火がともって、拳を握りしめる。
「気に食わないな、その言い方」
「いい目だ、やはりとことん個で見ておる。しかし悲しいかな、そなたは個で見過ぎている」
隠していた本の頁をめくられるような、自分の中を読まれるような、そんな感覚がレニーを襲う。
「余もそなたも空のグラスだ」
金の瞳に、レニーが映る。
「味わうものもない。乾杯しても、意味がない。そんなグラスだ。楽しめないのなら、せめて中身のあるフリをするか、空のグラス同士、綺麗に並ぶかだ」
視線で同意を求められる。レニーは沈黙で返した。
「余とそなたの関係はどうせこの件きりか、続いても大したものはないだろう。だからこそ余は思うのだ、そなたと話がしたいとな。ひどく大人しくなった火を、少しだけ、大きくしてくれる。そなたの、心の在り方は心地よいからな。
「それは、光栄なことで」
「決めれた生き方は息苦しい。別に、この会話に答えを求めているわけでも、そなたに是非を問うておるわけではない。この時間くらいは何も気にせずにいたいのよ、余はな」
「女王という立場は、不満なのか」
首を振る。
「好きさ。実に余の性格にマッチしておる。好きだが、それだけで生きていけるほど生物は単純ではないのでな。過ぎれば毒だ、そして毒は吐き出さねばならぬ。たまにはフィーヌであらんとな」
ベッドから立ち上がって、レニーの手に触れる。
「そなたもそうしろ。たまには冒険者でなくなれ」
軽やかな足取りで城の方に戻っていくフィーヌの姿があった。窓から入ってきたので、特段驚く要素はない。
「困った女王サマだ」
レニーは愚痴りながら月を見上げる。
「知らないものに、なりようがないだろ」
いつもと変わらず、ずっと夜を照らし続ける月を。
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