冒険者と前前夜

 出発の二日前。国で祭りが始まった。


 外で出店が開かれ、エルフたちが果実酒片手に盛り上がっていた。踊りや楽器での演奏などをしている者もいる。

 イヴェールと戦う者たちを送り出し、そして迎えるための祭りだ。そして、イヴェールのもたらすめぐみに感謝する場でもある。


「……あの」


 レニーも果実酒を片手に、外に用意されたテーブルでステーキを楽しんだりしている。


「近くない? ルミナ」


 肩が触れ合うほどの近距離で隣に座っていた。


「レニー、女の人囲まれたい?」

「何急に。嫌だけどふつーに」

「ならこの方がいい」


 フンス、と鼻を鳴らしながら食事をするルミナ。しかしすぐにレニーの顔を覗き込んだ。


「レニーって、興味ないの」

「何が」


 ルミナは俯いて顔を赤らめる。


「結婚、とか」

「……ない」


 それを聞いて、ルミナは安堵したような、それでいて寂しげな、複雑そうな表情になる。


「ちなみにルミナはどうなの」

「……ある」

「あるんだ」


 つまみを食べながら、ルミナの顔を見る。


「意外?」


 食欲の方が強そう、という言葉は胸にしまっておいた。


「意外っちゃ意外かな。似合わないわけじゃないよ。むしろ似合うと思う」

「……似合う?」

「そういう願望持ってること。てっきり冒険者に生きがい感じてると思ったから」

「感じてる。でも、結婚は憧れる」


 ルミナも女の子、ということだろうか。レニーはそう思いながら果実酒を煽る。


「どういう人と一緒にいたい、とかある?」

「オレが?」


 こくりと頷かれる。

 レニーは今まで出会った人々を思い出した。


「一緒にいて気が楽なのはフリジットとルミナかな。異性に限定すると」


 ルミナの知っている範囲だと二人だけだった。


 フリジットは気が楽だった。話かけてくるし、はっきり返答がほしいときは求めてくる。

 感情がはっきりしていて、伝えたい物事をしっかり伝えてくれる。話をしていて一番気を使わなくていい。


 ルミナは依頼をこなしていく中でこうやって話をする場面が多かった為に互いのことはある程度知れていると思う。


「ボクも、レニーと一緒。気が楽」

「なら良かった」


 ルミナは俯き、沈黙する。レニーは無理に話を続けようともせず、食事を続けた。


「……兄様」


 やがてぽつりとルミナが零す。


「ボク、蔑んでないって。本当?」


 不安げに聞いてくる。


「してるかもしれない」

「でも、あのとき」


 ルジィナと戦ったときのことを言っているのだろう。あのとき、レニーははっきりとルジィナの言葉を嘘だと否定した。


「オレは別に考えてることがわかるわけじゃない。あのときは嘘をついてたけど、心の内はどう思ってるかはわからない」


 レニーにわかるのは非常に表面的なことだけだ。


 そして相手はレニーほどレニーを見ていない。


「人っていうのはさ。面倒くさいんだよ」


 頬杖をつく。


「本心を知りたいならちゃんと話すことだね。自分の本音も話して、相手の話を聞いて」

「……して、くれる。かな」


 指を合わせながら、ルミナは俯きながら問う。


「してくれないかもね」

「なら、意味ない」

「ルミナ」


 レニーはルミナの目を見ながら静かに言う。


「キミがどうありたいかさ。そこに無駄があっても、意味がなくても、ルミナであることの、ルミナがそう有りたいと願った行動をできたかだ。意味があることは手っ取り早く自分を納得させられるかもしれない。でも無駄も意味がないことも、きっと心を少しずつ満たしてくれる」

「曖昧」


 ルミナの率直な物言いに、レニーは苦笑で返すしかなかった。


「オレの勝手な考えだからね。冒険者をやる上で無駄かもしれないことなんていくらでもあった。でもやったからこうして酒を飲めてる」


 ジョッキを傾けながら微笑む。

 ルミナは真剣な表情で、しばらく考え込んでいた。


「……考えて、みる」

「そうかい」


 レニーは別にルミナが何をしようとどうでも良かった。このままルミナとルジィナの仲が改善されようがされまいがさほど影響はない。


 踏み込んで否定されるくらいなら、と行動しない理由もわかる。


 ただ少しでもルミナの中で整理がつけばいいのだと思う。


 レニー自身の言葉がどれほど意味を持つのかわからない。


 ただ、言えることは言っておくのだ。

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