冒険者と父
家の裏に、戦えそうなほどの広場がある。普段は、ミジーが薪割りなどを行っているのだが、ルミナやルジィナが剣技をここで磨いていた時期もあったのだという。
レニーはそこで、ミジーと対峙していた。
特に確執があったわけでも何でもない。腕試しに、呼ばれただけだった。
「ルジィナに、勝ったらしいな」
張り詰めた空気の中、睨みつけられる。レニーの背中にはミラージュの代わりに木剣がある。模擬戦程度なら十分行える、丈夫なものだ。ミジーは木の大剣を担いでいる。
ちなみにクロウ・マグナは最低火力で使用可能だ。
レニーは剣を引き抜き、両手で持つ。
「実戦じゃないですし、ルールありでしたから。そうじゃなければ一生勝てませんよ」
「……あいつ、母さんに似たからな。頭が固かったのかもしれん」
レニーはミジーからどことなくプレッシャーを感じつつ、顔を見る。
「ルジィナは魔法に秀でてた。俺とは、大違いだ。ルミナは俺に似た。どころか俺よりも、魔法が苦手だった」
大剣を地面に突き立てながら、レニーに言葉を投げる。
「ここは、魔法が使えたほうが生きやすい。イヴェールから国を守るため、かもしれん」
「脅威を退けるための力が求められる、と。戦闘職に限らず、それを支える職でも、魔法によるより質の高いものが必要になってくる、ですか」
ミジーは頷く。レニーの暮らす社会にとっての財力や能力の指標が、エルフの社会では魔法になっていたのだろう。生きている世界によって評価のされ方は変わってくる。
「外の方が、ルミナは生きやすい。証拠に俺より強くなった。頼れる仲間も、できたらしい」
レニーを真剣な眼差しで見る。
「……格下と戦うのは、不本意かもな。だが、知っておきたい」
「いえ。明らかに格上ですよ、あなたは」
レニーの言葉に、ミジーは初めて口の端を上げた。
「大人げないだけだ。万全ならば、オマエの勝ちは揺るがない」
「さぁ、どうでしょう」
不思議だ。
普通に話をしているだけだが、肌がピリつく感覚がある。相手の落ち着き具合が、眼光の鋭さが只者ではないことを伝えてくる。
「準備は」
「いつでもどうぞ」
「……なら」
ミジーは姿勢を低めると大剣を下段後方へ構え、そして。
間合いを一気に詰めてきた。
それはまるで、ミジーが巨大化したのではないか錯覚するほど鋭く重いものだった。
レニーは剣でミジーの一撃を受け流す。ミジーの視線は、杖に集中しており、完全に警戒されていた。不意をつけないのであれば早撃ちは効果が薄い。
ミジーは一歩前に踏みだし、タックルがレニーを襲う。
「ぐ」
急いで後方へステップを踏む。タックルは避けたが、その先に殺気が突き刺さってきた。
大剣の間合いからは外れていない。相手は突きの構えを取っている。
突かれる。
レニーはカットレンジを使って、離した間合いを詰めた。
剣の間合いというものは近すぎるだけでも外れる。懐に潜り込んで不意を突けばいい。
しかし、レニーはその判断が誤りだと気づいた。
目の前に拳があったからだ。
「ごふっ!?」
レニーは殴り飛ばされ、地面を転がる。
転がる力に抵抗せず、そのままの勢いで飛び上がった。そしてそのまま視界にミジーを収めると魔弾を放つ。
「ぬ」
追撃しようとしていたミジーの足が止まる。
レニーは着地し、両手を上げる。
「参りました」
「武器は寸止め、魔法は最低火力」
事前に確認していたルールをミジーが告げる。レニーは頷いた。
「もろに拳食らいました。負けです」
ミジーはハッとした表情になって大剣を担ぐ。
「……本気、だったか?」
「えぇ。オレの平常時の本気なんてこんなもんですよ」
鼻を抑えながらレニーは答える。
魔物相手だとわからないが、対人戦に限って言えばミジーは相当強い。レニーの小手先の技術なぞ通じないくらいには。
こちらを欠片も侮っていない、油断もしていない。おそらくこちらの動きは予測さえしていない。
相手の動きを正確に捉え、直感で動いている。思考がないわけではない。ただ最適化されすぎていて、こちらから誘導がしづらい。
ルミナに勝てないと常々思っているが、父親譲りの戦い方か。そう、レニーは感じた。
スキルを使えばもう少し食らいつくかいいところまで行けるかもしれないが、今回は考えている暇もなかった。野暮とも思っていた。
ため息を吐く。
「やっぱりアナタに似ましたよ、ルミナさん」
「そうか」
ミジーは自分の頬を指でかきながら空を見た。
「オマエはよく見ている」
独り言のように、ミジーは話し始めた。
「利点だ。相手を知ろうとしてる。そして実際、知る。読む……が、考えないことも肝要だ」
穏やかな表情で、教え諭すように言われた。
戦い方……だけの話ではないような気がするが、少なくともレニーを気遣って言ってくれている気がした。
レニーは頭を下げる。
「肝に銘じます」
「あまり、気にしないでいい。オレは話すの、苦手なままだからな」
重く受け止めるなよ、と。視線が告げていた。
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