冒険者とエルフの国

 それから数日後、森の中を抜けて、エルフの国にたどり着いた。


「……へぇ」


 国に足を踏み入れた瞬間、レニーは感嘆の声を漏らした。


 大小様々な木々に家が建っている。人間の国では滅多にお目にかかれない、ツリーハウスばかりの国だった。ツリーハウス同士が橋で繋がれており、そこを子どもが駆け回っていたり、木の根本の入り口に向かう女性がいたり、ツリーハウスの下で露店を出している者がいたり、まさに国といった様子だった。


「我らは木とともに生きているあれが余の城だ。なかなか壮観であろう」


 先頭を歩くフィーヌが指を差す。その先、視界の奥に一際大きな木々を使って城のようなものが建てられている。


「余は城に戻って占いババと状況を確認せねばならぬ。ルジィナはどうする」

「お供します」


 フィーヌは頷き、レニーとルミナに振り返る。


「ならここで解散だ。ルミナは家に帰れ。ルゥナも、ミジーも喜ぶだろう」

「母様はともかく父様も?」

「あぁ。喜ぶじゃろ、あやつなら」

「……あー宿は?」


 レニーは手を上げてフィーヌに質問する。


「ルミナの家に泊まれ」

「は? 流石に他人の家は」

「ほい」


 フィーヌから何か投げられる。レニーが反射的に受け取ると青い石がはめ込まれた首飾りだった。


「それを首にかけていろ。それでそなたも立派な客だ。あぁ、帰るときは返せよ? 万が一誰かの手に渡ると困るのでな」

「わかった」


 レニーは首飾りをかける。


「いや、そうじゃなくて」

「ではそのうち使いを寄越す! またの! 着いてこいルジィナ!」


 無邪気に駆け出すフィーヌに早歩きでルジィナがついていく。


 レニーがフィーヌに伸ばしていた手は中途半端に留まった。


 助けを求め、ルミナに目を向ける。


「……レニー、いたら安心。久々、だから。不安」

「あー、うん。そうだね、ハイ。お世話になります」


 宿のほうが気楽なのだが……諦めることにした。




 ○●○●




 木の根本辺りと、木の上に家らしきものがあり、おそらく二階建てのツリーハウスにたどり着いた。


 ルミナは扉を軽く叩く。少しもしない内に扉が開かれた。


「はーい……って、ルミナじゃないー!」


 笑顔で出てきたのは、美しい金髪を編み込んで垂らした、女性だった。深緑の服の上にベージュのエプロンを着ている。垂れ目で柔和な表情を浮かべた女性はぱっと見、ルミナとさほど歳の差があるようには思えない。


 女性はルミナに抱きつくと優しく背中を擦った。


「おかえりなさい」

「……ただいま、母様」


 ……母様?

 レニーの頭の中で特大の疑問符が浮かぶ。せいぜい姉妹だろうと脳が認識してしまっていたので理解が遅れた。さすがエルフといったところか。


「そちらの方は」

「レニー、冒険者仲間」


 レニーは戸惑いつつも頭を下げた。


「冒険者をしています、レニーです。ルミナ、さんにはお世話になっております」

「まぁまぁどうもご丁寧に。ルミナの母のルゥナです。可愛らしい顔してるわね。男の方かしら?」

「はい」


 ルゥナはルミナの耳元に口を寄せると、何かを囁く。途端にルミナは真っ赤になって必死に首を振った。


「イヴェール撃退、戦力」

「あらじゃあお強いのね。ま、立ち話もなんだし、ほら入って入って。お父さん今ちょうど休憩してるとこ」


 ルゥナが中に入っていき、ルミナが続く。レニーは頭を下げながら続いた。


「お父さん、ルミナ帰ってきたわよー。あとイヴェール撃退に参加してくださる冒険者さん」


 部屋は当然というべきか木造のそれだった。広いリビングに、中央のテーブル。そこにルミナの父親がいた。


 やや筋肉質でがっしりした体型だった。顔つきも男らしいものだが整っている。ルゥナと並べば、新婚かカップルにしか見えないだろう。


 頭がおかしくなりそうだ。


「ソロ冒険者のレニーです、よろしくお願いします」

「おう。ミジーだ」


 短い返事に敵意があった。レニーの目と、そして首元を見る。


「女王陛下に言われたか」


 ……何が? 何を?


「はぁ、ここに泊まれと。宿があるならそちらに行きますが」


 ズレがないように説明しつつ、自分の意思を伝える。ミジーは首を振った。


「陛下が言ったのなら構わない。泊まっていけ」

「ありがとうございます」


 再度頭を下げると頷いた。


「父様、ただいま」


 ルミナが片手を上げながらあいさつをする。


「……おかえり」


 じっとルミナを見ながらミジーが返す。


「お茶用意するから適当に座ってぇ。お父さん威嚇しちゃだーめっ」

「してない」


 テーブルの上にはミジーの目前にカップが置かれ、向かい側にもカップがあった。ルゥナはそれを素早くミジーの隣の席に移動させて、奥のキッチンらしきスペースに向かう。


 ルミナはミジーの向かい側の席にちょこんと座る。


「レニー、隣」


 ミジーの表情を確認する。


「失礼します」


 テーブルの中心には大皿に盛られたクッキーがあった。


「食え。好きだったろ」

「うん」


 ルミナはクッキーを一つ摘んで食べる。


「おいしい」


 ……目を細める。


「ルミナ、さんって父親似なんだな」

「そう?」

「うんそっくり」


 ルミナは首を傾げる。


「母様似、ずっと言われてた。意外」

「そ、そう?」


 性格は明らかに父親が近い。言葉が短いところや表情の変化が乏しいところが。


「母様と陛下。レニーと同じこと言ってた。少し嬉しい」


 女性だから見た目のこともあるだろう。父親よりも母親に似ている見た目がわかりやすいし、褒めてると感じられやすい。逆にそういったものを気にしなくていい間柄であれば父親似と発言できるのかもしれない。


「ルミナ。その冒険者は」

「ボクと同じルビー冒険者。ソロ仲間」

「それだけか?」

「うん。大事な仲間」


 ミジーは短く息を吐く。


「はぁいお待たせ」


 レニーとルミナの目の前でカップが置かれ、レニーの正面の席にルゥナが座る。


「ありがとうございます」

「いいのよー、口調もいつものでいいわ。くつろげる場じゃないとね」

「あ、いえ。おかまいなく」


 どうも家族という感じの雰囲気は苦手だ。自分の立ち位置をどこにすればいいのかわからない。


「お父さん無愛想でごめんなさいね? 怖いでしょ?」

「いえ。ルミナ、さんのこと好きなんだなって思います」

「あらわかるかしら? そうなのよーお父さんったらルミナ大好きなの」


 笑顔で語るルゥナ。

 レニーの横でルミナが意外そうな顔をした。


「父様、ボク好き?」


 レニーはこっそりルミナに耳打ちする。


「さっきから凄い喜んでるよ」

「嬉しいの、父様?」


 ミジーは一口お茶を飲む。


「娘が帰ってきた。親として当たり前だ」

「……全然わからなかった」

「もう、形式的な言い方するからわかりづらいのよお父さん」


 ルゥナがミジーを叩く。


「……すまん」

「はい、ちゃんと言ってください」

「……嬉しいぞ凄く。元気な顔が見れて良かった」


 顔を赤くしながらミジーがボソリと言う。ルミナは瞳孔が少し開いた後、微笑んだ。


「うん、ボクも。父様」

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