冒険者と先約

 フィーヌの笑みはいたずらに加担したような楽しげなものだった。


「真面目に、やり続けたのか? それを、ずっと。ぼうっと夜空を眺めて、流れ星を待つようなものだぞ」


 レニーは頷いた。


「お得なんでね。今は大事なときしか集中しないけど」

「人の根本を疑い続けているような生き方だ、人間不信にならないのか」

「いや。全く」


 人の嘘は様々だ。騙す為につく嘘は、確かに多い。それでも、嘘は自分を隠す為に使う。自分を守る、他人をかばう。嘘は必ずしも悪意に満ちているわけではない。


 そしてそれらを暴くことが必ずしも正しいわけではない。長いとも、短いとも言いづらい人生で、それを学んだ。


 そして隠し事をするからこそ、信じられる人間がいることもわかる。


 剥き出しでいるのは世界は寒すぎる。しかし、だからこそか人は本当の自分を受け入れる者を求める。


 レニーには、正直よくわからない。自分のことを何もかも受け入れられたら、嬉しいのだろうか。


「つくづくそなたは面白いな。余計、残念だ」

「何が」

「称号スキルを与えようと思っていたが、先約がいるとはな」


 思い当たる節があり、レニーは問う。


「影の女王に捧ぐ、のことか」

「そうじゃ。影の女王に捧ぐとその派生スキルである影の尖兵、徒影の尻尾・・・・・の三つ」


 レニーの持つユニークスキル。ガーイェいわく、継承されたスキル。それが影の女王に捧ぐのスキルとそれに連なるスキル。最近結実した影の尖兵と、発現した「徒影トカゲの尻尾」だった。


「よほど気に入られたようだな。寵愛に近い。言いたくはないが、称号スキルは成長しにくい。効果が絶大な代わりに融通が利かないものだからな」


 しかし、とフィーヌは続けた。


「それから派生するスキルはそなたのスキルに合わせて発現されることもあるだろう。スキルそのものを譲り受けたのだ。体の一部をもらったに等しい。そなたも大事にしているし、大事にされている」

「……そうか」


 スカハ。封印されていた少女。レニーがトパーズで立ち止まらずにルビーまで昇格できたのは彼女のおかげだと思っている。

 実際授けられたスキルがないと切り抜けられない場面がいくつもあった。そしてこれからも、頼るだろう。


「温かい……とても温かいスキルだ。レニー・ユーアーン。羨ましいほどに」


 胸元に手を添えられる。


「スキルがこんなにも生きていると思ったのは初めてだ。読めたことが嬉しいぞ。感謝する」

「いや感謝するのはオレの方だよ」


 スキル鑑定をタダで受けられた上に、自分のことを、少し知れた気がする。レニーは自分の手の平を見て、握りしめた。己に刻まれたスキルをそこに見ている感覚があった。


「人は目に見えないものは、あまり信じない」

「当然よな。実感がしにくい」


 スキルツリー。生物に備わった第二の血管。体に刻まれ、魔力によって働き、そして目には見えない。


「オレは正直スキルの理解はあまりなかったんだ。効果の詳細が自分でわかるわけじゃない。冒険者のカードと同じようにステータスみたいなもんだと思ってた」


 磨き上げた技術に応じてスキルを獲得していくとはいえ、元々スキルでなくても自分でやれていたものも多い。体を鍛えた結果、補正が大きくかかるようになるような、己の磨き上げたものにくっついてくるおまけ……そんな意識を少なからず持っていた。


 無論、称号スキルや魔眼などの先天性のものは違う。しかしそれはただ物事には必ず例外があるというだけだ。


「スキルもちゃんとオレの一部で、オレの生きてきた証なんだ。オレだけじゃない、他の人と関わってきて、もらってきて、育ててきた、立派なモノなんだって思ったよ」

「そうか。その気づきはきっとそなたを強くするだろうよ」


 フィーヌは椅子から立ち上がる。


「さて子どもは寝る時間だ。ゆっくり休めよ」

「自分で言うか……?」


 フィーヌはむっとした表情になった。


「何を言っておる子どもはそなたじゃ。エルフからすればそなたなぞ子どもと変わらぬ。平均寿命は二倍差あるのじゃぞ。そして、余は女王だ。民は等しく子どもと同じように愛している」

「オレは民じゃないが」


 レニーの言葉に、フィーヌはいたずらっぽく笑う。


「余が認めれば民じゃ。愛しき子よ」


 頭に手をぽんと置かれて、撫でられる。優しく、静かに。


「……どうも」

「うむ、感謝せよ。では、此度の依頼、期待しておるぞ」


 フィーヌはレニーから離れると、部屋の出入り口へ向かって歩き出す。

 扉が開けられ、そして閉まる。


 レニーは暗闇の中で静かに自分の頭に手をのせる。


「結構、安心できるもの……なんだな」


 その呟きは夜の冷たさに溶け込むだけだった。

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