冒険者と読み解き

 レニーは分け与えられた部屋のベッドに深く腰を降ろしていた。

 宿の部屋は人数分用意されている。全て支払いは依頼主……つまりフィーヌ持ちだ。


「……で、一国の女王サマが夜にオレの部屋にいるのはまずいと思うんだけど」


 部屋の椅子に、フィーヌが座っている。脚を組み、頬杖をつき、興味の尽きない表情でこちらを見ている。


「フィーヌと呼べ、許す」

「フィーヌ女王」

「女王はいらぬが、良しとしておこう」


 先程の勝負で疲れているので寝たいのだが、相手はまだ眠気もなく、こちらを休ませてくれるつもりもないらしい。


「スキルを読ませてくれぬか」


 スキルツリーは通常、簡単に読み取れるものではない。アイテムを使用しても、スキルツリーの伸び方から傾向が推察される程度だ。スキル鑑定士であれば詳細を知れる。


「できるの、スキル鑑定」


 レニーの問いに、フィーヌはウィンクで返した。


「余のスキル鑑定は高いぞ?」


 冒険者の等級が上がった際にはスキル鑑定士にスキルを読み取ってもらう。一流のスキル鑑定士にもなると非言語のスキルツリーの詳細を把握し、スキルを言語に落とし込むスキル等を持っており、非常に重宝されている。


 スキル鑑定士は希少な存在だ。一回の鑑定で一年暮らしていけるほど、重要視されている。


 一国の女王のスキル鑑定となると、腕前はわからないが……相当価値があるものなのは変わりないだろう。


「タダで受けられるのだ、乗っておけ」

「……頼むよ」


 昇格の時にスキル鑑定は受けている。ルビーに上がったのは最近な為、受ける意義があるかと言えば、薄い気がした。スキルツリーも個人情報な為、おいそれと他人に見せるものではない。


 しかし、レニーはこれもフィーヌなりのコミュニケーションだと感じた。


 フィーヌがレニーの手を握り、両手ですくいあげる。瞳を閉じて、微笑む。


「どれ……ほう、スキル結実してるものがいくつかあるな」


 スキル結実。それはスキル名称はそのままに、スキル効果が強化、変更、追加されることをいう。新たなスキルとしてではなく、スキルそのものが強化されて起こる現象だ。


 同じスキル持ちでもその効果に違いが出るのは、単純に本人たちの実力差もあるが、この結実化しているかしていないかでも現れてくる。


「結実化の度合いとかわかるの?」

「そなたのスキルの認識がそのまま余にもわかるようになっている。つまりは鑑定士のスキルの拾い上げ度合いや命名もわかるというわけだな。うむ、良きスキル鑑定士に読まれた跡があるな」


 言われて、ガーイェを思い出した。カットルビーとルビーに昇格した際にスキル鑑定をしてくれた人物だった。


「狂性魔力は意図的に身体的負荷をかけても魔力生成するようになっておるな。魔力を大幅に消費した際にも身体的負荷を勝手にかける……面倒なスキルじゃ。さては魔力量はさほどないな、そなた」

「魔法系のロールじゃないんでね」

「その割には魔弾の射手の効果は相当強いようだな。おぉっ! なんじゃ、ファストドロウ? こんなスキルなぞ初めて見た」


 目を輝かせて、フィーヌが言う。


 ファストドロウ。レニーの魔弾の早撃ちに補正をかけるものだった。武器の引き抜きと魔法の発動の間隔が狭いほど、魔法の威力と精度に補正が強くかかる。


 魔法の早撃ちスキルは存在しているが、この武器の引き抜きが条件に入っている早撃ち系のスキルは非常に珍しいらしく、頭を悩ませながらガーイェが名前をつけてくれたスキルだった。


「器用貧乏、破壊技術、解体技術にパリィっと。器用さはこれか。ふむふむ」


 スキルの鑑定をするフィーヌを眺める。

 不思議な感覚だった。スキルを読み取られているだけのはずだが、温かさを感じる。


「……普通のスキル鑑定と違うか?」


 目を開き、細めながら聞いてくる。

 頷く。


「スキルツリーとて体の一部・・・・だ。触れられていれば感覚もあろう。スキル鑑定士は仕事なのじゃから、医者に体を見せるようなものなのだろうが……余は鑑定士ではないのでな」


 レニーの指先ひとつひとつを慈しむように眺められる。


「スキルは多くのことを教えてくれる……余はスキルツリーを読み取るこの時間が好きじゃ。相手が余に身を委ね、余が相手を知る、最も純粋な時間」


 口調が穏やかであることが何よりの証拠に思えた。


「なるほど表情理解のスキル結実が一番だな」


 表情理解。相手の表情を読み取り、理解するスキル。そこから表出された感情を解釈する。


「ほぼ限界まで結実してると言っていいが、古参の結実だな。どこで覚えた」

「育ての親……かな。それに教わった」


 教わったのは軽い戦い方と生き方。

 昔の記憶を掘り起こしながらレニーは話をする。


「しぐさは癖が出る、文化の差も出る。言葉は偽れる。表情だけは誰も変わらない」

「表情とて偽れるが」


 レニーは首肯した。


「けど偽りに癖が出る。本音は一瞬漏れる」

「ほぉ、例えば?」

「親しい人間を殺したとする。葬式にも出て、その人間の家族を慰める……深刻そうな顔をしてるだろうが笑う瞬間がある」

「どんなときだ」

「誰も自分を疑っていないと確信したとき」


 フィーヌは数秒呆けて、それから意地の悪い笑みを浮かべた。


「正気か?」

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