冒険者と勝負の仕方
その日の夜。宿泊する村と宿を決めた後、全員で村のはずれまで出た。理由は単純、戦う為である。
何もない草原で、レニーとルジィナは向き合う。ルジィナの表情には自信が伺えた。
「今からでも遅くはない。無様な姿を晒す前に降参したらどうだ」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
十分距離をとったところで、ルミナとフィーヌが見守っている。
「ではこの勝負、余が審判しよう。異論はないな」
「無論」
「女王サマの言う通りに」
深呼吸して、意識を研ぎ澄ます。
「なぁキミ」
レニーが声をかけると、ルジィナの片眉が上がった。
「ルミナと依頼をこなすのは、不満なのかい」
「……当たり前だ」
ルジィナは剣を抜く。レニーはただ、左手をクロウ・マグナに添えるだけだ。
「魔法の使えない、出来損ないに何ができる」
ルジィナの視線がルミナに向く。そして、一瞬歯を食いしばるのが見えた。これほど神経を削って相手を観察するのは久々な気がするが、レニーはそこで気付いた。
「――嘘だね」
目が見開かれる。しかし、一瞬で怒りの形相に変わった。
「嘘、だと」
「あぁ。キミはこれっぽっちも、ルミナを蔑んでいない」
息を吐く。
「弱さを隠すのが下手くそだ、キミは」
「貴様ァ!」
両者を諫めるように拍手が響く。フィーヌだった。
「御託はいい、さっさと準備をしろ。レニー・ユーアーン」
「できてるさ」
「剣を抜け、下郎。私相手に剣を抜くことができる最後のチャンスだ」
剣で指し示しながら、口の端を吊り上げてくる。
「バカか。剣士相手に剣で戦うつもりなんてない」
「なら飾りか、その剣は」
「キミ相手なら飾りだね。オレ、ローグなもんで」
「ローグ?」
ルジィナは額に手を当てながら大笑いする。
「ならず者ごときが、この私に勝つつもりか」
「勝算のない戦いはしないもんでね」
「やはり貴様はふさわしくない」
両手を引き、突きの構えをとるルジィナ。レニーは姿勢を低くして、静かに魔力を巡らせる。
「まさか魔法剣士だからって魔法に頼るなんて、しないよな? オレと違って剣を抜いておいて」
「いちいち勘に触る男だ。なら望み通り、この剣で葬ってやる」
フィーヌが手をあげる。
「始めるぞ。双方剣は寸止め、魔法は最低火力。大事な戦いの前だ、一撃決めれば終わりだ。それ以上はない。いいな?」
無言で返す。
「では、始め!」
フィーヌが大声で合図をすると共に、スキルを発動させる。
影の女王に捧ぐと、影の先兵をほぼ同時に発動し、身体能力強化に全て注ぐ。
特に強化を目と脚に集中させ、意識を鋭敏にする。
瞬き一回で、ルジィナはレニーを肉薄し、剣を振るっていた。シャドーステップとカットレンジを同時にかけて、間合いから離脱する。
と、思っていたのだが、間合いの中だった。
剣の間合いが魔法で形成された刃で延長されており、レニーを逃がさない。
夜で支配できるだけの影を支配し、それを全て身体強化に使ったからこそ、ルジィナのその動きを目で追えていた。スローになった世界で、ルジィナはそれを感じさせないスピードで動いている。
振るわれる剣。魔法で刀身が延長されたそこを狙いつつ、左手に溜め込んでいた魔力を、クロウ・マグナに注ぎ込む。
そして魔弾を撃つ。剣に向けて、だ。
「ぐっ、魔弾!?」
火花を散らしながら、それでも無理やり剣を振るおうとするルジィナ。レニーは気にせず、後退を続けながらミラージュを抜く。
「ムーンレイズ」
ミラージュから魔弾を撃ち、魔弾同士を衝突させる。
パァン、と音だけが響き、魔弾が弾ける。
「それまで!」
フィーヌが手をあげる。
剣を振るおうとしたまま呆けたルジィナ。鼻を鳴らしながらクロウ・マグナを指で回す。そしてホルスターに入れた。
「勝者、レニー・ユーアーン!」
ムーンレイズは本来一瞬で撃てる魔法ではない。レニーは一発目の拘束するための魔弾を強めにした結果、二発目の魔弾はムーンレイズが成立しないほど弱いものにしかできなかった。勝負での勝利条件は攻撃を決めること。剣なら寸止め、魔法は最低火力、つまり魔法が当たればいい。レニーでは短時間でムーンレイズを成立させることはできないが、もどきを発動させることはできる為、それで勝利条件を満たせれば勝負には勝てる。
最初からまともな戦闘は考えていない。勝負は勝負だ。何かしら条件をつけなければならない。互いの傷が浅くする為に、死を招かない為に。
レニーは勝負のための策しか考えなかった。ルジィナに純粋な戦闘能力で対抗しようとは思わない。真っ向勝負などレニーの得意なことではない。
レニーが集中すべきは最初の一発で勝負をつけること。
ローグごときが上位魔法を使えるはずがないという侮りと、格下に煽られた以上魔法を使ってなるものかというプライドと、己のスピードについてこれないだろうという思考からくる油断しきった剣撃。
己が強いから、負けるはずがないという驕り。
それによって空いた大きな隙に、全て押し込む。勝つために必要なのは、相手を理解し、己の流れに引き込むこと。
ルジィナは歯を食いしばりながら、剣を下ろし、レニーを睨む。
「ムーンレイズ、上位魔法じゃな。これが殺し合いなら死んでいたぞ、ルジィナ」
フィーヌが冷たい声でルジィナに言う。ルジィナは首を振った。
「上位魔法をこんなに即座に撃てるはずがない。し、真剣勝負なら私が」
「ならこいつで応じるだけさ」
ミラージュを地面に突き刺して、バフをかける。そうして黒い大きな刃を得たミラージュを引き抜き、見せつける。
「なんだ、それは」
「スキルさ」
影の尖兵の効果だ。ミラージュにバフをかけるというのは、慣れていない手段ということもあり、魔力が尽きるリスクが跳ね上がるので気軽に使えないが、真剣勝負であればこれで力押しをするつもりだった。
「相手の力を侮って無策で挑むわけないだろ? やりようはいくらでも考えるさ」
レニーは頭を人差し指で二回叩く。
「
「貴様……!」
「剣を納めろルジィナ!」
今にも飛び掛かってきそうなルジィナをフィーヌが咎める。
「負けは負けだ。先に帰って頭を冷やせ」
「ぐっ……」
苦虫を嚙み潰したような顔のまま、ルジィナは剣を納めるとそのまま宿の方向へ去っていく。
レニーはため息を吐いて、肩の力を抜いた。
思い出したかのように心臓が脈打ち、汗が流れ始める。
もう二度とヤツとは戦いたくはない。
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