冒険者とティアーズドロップ

 依頼の手続きを済ませてから、馬車に乗り、出発した。


 フィーヌとルジィナ、レニーとルミナと馬車は分かれている。途中まで馬車で移動し、その後は徒歩でエルフの国まで行く予定だった。


 依頼の報酬は撃退にして通常のルビー級の魔物の討伐報酬に匹敵する額だった。さすが依頼主が女王だ。


「レニー」


 伏し目がちに名前を呼ばれる。ルミナは向かい側に座っていた。肩が緊張して、やや縮こまっている。


「なんだい」

「ついてきてくれて、ありがとう」


 ぽつりと、礼を言われる。


「まぁあの女王サマに目つけられたし」

「それでもいてくれるの、安心」


 レニーはこれほどルミナが怯えているような姿を見るのは初めてだった。フィーヌとルジィナがその原因であることは想像に難くない。レニーはルミナから故郷の話はあまり聞いていなかった。本人にとって気持ちの良い話ではないだろうと、わかっていたからだ。


「撃退するその……モンスターってそんなにやばいの」

「イヴェール。エルフの国、大昔に滅ぼした」

「バケモノだね」


 コクリとルミナが頷く。


「数十年に一度、目覚めて降りてくる。撃退で精一杯。きっと皆怯えてる」


 撃退できなければ国が滅びるということだろう。ルミナに依頼して撃退目的ということは、討伐できないと考えたほうがいいだろう。


 レニーがどれだけ戦いに貢献できるかはわからないが、デカいなら「影」ができる。敵が巨大なほうがスキルが有利に働くのはルミナだけではない。


「イヴェールが暴れた土地は、その後豊かな森になる。破壊と再生、それがイヴェール」

「そこに国があるから害に感じるだけで討伐はまずいのか」

「しない、できない。どちらも。エルフは皆信仰してる」

「神様みたいなもんかぁ」


 女王といい、話が自分に縁がなさすぎて実感がわかない。


「この依頼、達成したらカットサファイア」

「おぉ凄いね」


 神話級の化物を相手にするのだ。それくらいないと割には合わないだろう。


 メリースとノアはこの間、ドラゴン退治をしてカットサファイアになっていた。


 レニーはまぁ、昇格したばかりであるし、どうあがいても補助程度にしかならないだろうから昇格は絡んでこないであろう。


「……兄様と戦うの」

「まぁひと勝負」

「レニー、負ける」

「どうして?」

「兄様。ボクより、強い」

「そんなに強いの」


 強く頷かれる。


「……普通の勝負じゃ勝てないだろうなぁ」

「負けるなら、意味ない」

「なくはないさ」


 レニーはクロウ・マグナを叩く。


「戦わないとわからないこともある」


 冒険者の戦闘は死と隣合わせだ。魔物に負ければ自然の摂理に沿って死ぬしかない。賊相手でも相手の目的によるが、大きなものを失うことには違いない。


 その思考が染みついてしまったら、中々切り替えることもできない。ルミナは考え方を切り替えられないから、意味がないと言っているのだ。


 ただ、今回は別に殺し合いでも何でもない。戦って相手のことを少しでも知れればいい。レニーはそう考えている。


「ル……えっと……キミの兄さんは昔からああなの」

「ルジィナ兄様。昔……優しかった」


 寂しそうに呟くルミナ。


「お前もきっと立派な剣士になれるって。頭、撫でてくれて。でもボク、いつまでも魔法が使えなくて、スキルも伸びなくて……そうなったとき、兄様の目が、怖かった……」

 

 膝を抱えて、感情を吐露するルミナ。それでも表情の動きは、非常にわずかだ。

 しかし、不安や怯えは十分に伝わってくる。

 兄が身近にいて、あんな言葉を使われては、ルミナもそうならざるを得ないだろう。


 あくまで人間視点……エルフも人なので表現が適切でないかもしれないが……レニーからエルフの認識を語るのであれば、「神に最も愛された種族」と言われている印象だ。


 不老不死という神の概念に近い長寿というスキル持ち。そして高い確率で魔力量が多く、魔法に優れている。更には容姿は神が造形したように整っていることが多い。男性まで女性のような美しさがあるように語られるほどだ。


 一般の人間社会に出てこず、エルフの国で生涯を過ごすものがほとんどだが、国の外に出たエルフは奴隷商人に狙われたり、その能力を期待されることが多い。尖った耳はさほど目立つほどではないので注視していない限りは気づかないほどだが、しかし美しい容姿に釣られて耳を見れば案の定ということは珍しくない。


 ルミナ以外のエルフを、レニーはほとんど知らない。ルミナにはエルフのことをあまり聞かなかった。


 ただ、フィーヌとルジィナ、このふたりと会話していて薄々感じていることがある。


 優れた才や実力を重視する優生思想。何も戦闘面に限った話ではないだろうが、ルジィナとルミナの育った環境的には立派な魔法使いか、魔法戦士が求められる血筋だったのかもしれない。


 もしくは魔法を扱うことが重視される国でルミナのような「重戦士」のような類は育たない、期待されない環境だったか。


 いくらでも邪推できるが、レニーに理解できる範囲なぞ高が知れている。


「……オレは怖い?」


 エルフのことなんてどうでもいい。レニーが関わっているのはルミナでしかない。


 レニーの問いに、ルミナは目を反らす。


「……怖く、ない」

「それ本心?」

「…………本、心」


 下唇を嚙んで、ルミナは言う。


「なぁルミナ」

「何」

「ソロ仲間、でしょ?」


 レニーの言葉に、ルミナは自分の胸を掴むような仕草をした。そして下唇を噛むのをやめる。


「……怖いとき、ある」

「どこが怖いの?」


 前のめりになって目線を下げ、そしてなるべく優しい声音を意識する。


「何、考えてるか。わからない」

「みんなそうじゃない?」

「違う。言ってることが、意味が、ボク、全然わからない……ときがある」


 レニーは無言で続きを待った。


「きっと意味がある。わかる。ボクと違う、から周り、よく見てる。ボクは見てないから、わからない。わからない、からきっと失望される」

「どうして、失望に繋がるの」

「ボク。兄様みたいな魔法剣士、なれなかった。きっとレニーみたいな冒険者にもなれない。だから、ボクが強くなくなったら、きっと……」


 きっとその先に続く言葉があったのだろう。関係性がなくなるのが怖い、と言ったそういった結論が。

 しかし、レニーはここでわざと話を打ち切ることにした。


「ルミナ」


 レニーが名前を呼ぶとルミナは瞳を向ける。怯えきった瞳の中でレニーの顔が映る。


「オレはキミの兄さんじゃない」

「知ってる」

「ぶっちゃけ今オレめちゃくちゃ神経使ってる」

「……なんで」

「ルミナに嫌われたくないから。オレはルミナのことわからないから。どう言葉をかけるのがいいか、悩む」


 笑う。


「怖いのもわからないのもお互い様さ。オレ、嫌われたくないしね。でも、死んでも覚えててくれるんだろ。オレだって忘れないさ。ジャイアントキリングとか冒険者だとか、そういうんじゃなくて、ルミナをさ」


 それに、とレニーは続ける。


「ルミナだって自分で積み重ねてきたものはあるはずさ。だからこの関係は簡単になくなるような、そんな繊細な、運任せ・・・なものじゃない。でしょ」


 ルミナの瞳から、大粒の涙が溢れだした。あまり変化しない表情の、感情を代弁するように、ぽろぽろと涙を流す。


「キミは一回感情をぶつけることを覚えたほうがいい。試しにキミの兄さんを思い切りぶん殴ろう」

「暴力。良くない」

「正しくはないかもね。でもスッキリするかもよ」


 レニーは笑顔でルミナの肩を軽く叩いた。

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