冒険者と疎外感

 応接室に入ると、レニー以外がそろっていた。部屋の鍵を閉め、メンバーを見る。

 昨日知り合った依頼主フィーヌ、ルジィナ。フィーヌは笑顔で手を振り、ルジィナは睨んでくる。


 そして、萎縮しきった様子のルミナがいた。


「おう、全員そろったな。そなたも座れ」


 レニーは頭を下げて、ルミナの隣に座る。するとルミナは少し身を寄せてきて、袖を摘まんできた。


「……どうしたの」

「レニー。平気なの」


 瞬きする。


「どういう意味」


 目をそらされた。ちらちらフィーヌの方を見ている。


 フィーヌはフードをとる。幼い顔立ちに似合わぬどこか妖艶さを感じさせる表情。紺の髪を後ろで編み込み、金の瞳を持っている。


「そなたの名を、聞かせてくれ。冒険者よ」

「レニー・ユーアーン」

「そうか、ではレニー。余の名を告げよう、ジョセフィーヌ・スドゥール。エルフの国において姓を持つということは即ち王である・・・ということ。つまり余はスドゥールの女王なのだ」


 とんでもない告白をされた。嘘偽りはないだろう。嘘をつく理由はない。


「……そりゃ、驚きだ」

「ふふん、そうであろうそうであろう。長いのは好んでおらぬフィーヌと呼べ」

「で、依頼は?」

「うむ! イヴェールの撃退じゃ」


 イヴェール。知らない名前だった。特定地域の魔物やあまりに強すぎる魔物はレニーの知識にはない。出会わないからだ。害獣や魔物討伐をするといっても「人々の生活を脅かす」類のものの知識しかない。それ以外は使わないからだ。


「ルミナ、知ってる?」

「……大きい蛇。山から下りてきて森を破壊し尽くす」


 災害レベルの魔物だった。ワイルドハントのようなものか。


「ジャイアントキリング、か」


 レニーの呟きに、ルミナは頷く。


「それだけではない。そのスキルを授けたのは余だからな。報いてもらうぞ」

「……光栄に、ございます」


 ルミナのジャイアントキリングは称号スキルだ。

 スキルの成長度に関わらず、特別なスキルによって授けられるスキル。


「たまには全力を出せたほうが良いだろう? のう、ルミナ」


 称号スキルの効果は絶大だ。称号スキル一つで一人分のスキルツリーに匹敵する効果を持つ。その代償に付与される条件、発動条件の厳しさがあることがほとんどだ。


 ルミナのジャイアントキリングの発動条件は第一に敵が巨大であること、だ。これだけで効果が発動する。そして相手が自分より強ければ、更なる効果を得られる。


 得られる効果は単純な身体能力の強化バフだが、その効果量は計り知れないほどだ。レニーがジャイアントキリングの全力を見たことはない。ルミナの重戦士としての強さが確立されすぎていて、相手が巨大な場合の効果しか発動せず、巨大かつ自分より強い相手というのは非常に稀だからだ。


 イヴェールという魔物は、そのルミナが全力を出さねば倒せない相手なのだろう。


「……オレいる?」


 正直、そんな高難易度依頼についていける気がしなかった。等級とは冒険者の貢献度と強さと合わせたギルドからの評価であり、強さそのものとはまた違う。


 ルミナの全力とレニーの全力は天と地の差があるだろう。


「はっ、臆病者など連れていく必要はないでしょう陛下。やはり冒険者は必要ない。そこの出来損ないもいりません」


 ルジィナがレニーとルミナを睨みながら、威圧的な態度をとる。ルミナは震えるだけで何も言い返さない。


「キサマだけで撃退できると」

「足手まといはいらないというだけです」


 キツイ口調で、ルジィナは立ち上がる。


「……余の目が狂っていると、そう言いたいのだな」


 そんなルジィナを睥睨しながら、フィーヌは凄んだ。ルジィナは眉を潜めながらたじろぐ。


「そ、それは」

「依頼をする立場だ。妹だろう・・・・が、蔑む理由にはならぬ」


 ……妹?

 レニーは視線をルミナに向ける。ルミナは目を伏せながら、唇を開いた。


「兄。強い、魔法剣士」


 か細い声で、言った。レニーはルジィナを見て、フィーヌに向けて呟く。


「キミにしては随分、小物をそばに置いてるようだ」


 レニーは立ち上がって、ルミナの前に出る。ルジィナの射貫くような視線が、刺さってきた。


「……オレごときでも、戦力に数える理由がわかるよ。口だけのやつよりはマシかもしれないからね」


 言葉には剣が返ってきた。

 ルジィナの剣が抜かれ、首筋に当てられた。相当な技量なのだろう、レニーには抜いた瞬間もわからず、気が付いていたら刃が当てられていたという始末だ。相手が本気で斬りにきていたら、死んでいた。

 そんな事態になる場面なら、挑発なぞしないが。


 フィーヌはどこか楽しげに口を開く。


「我が国最強でな。そなたよりは強いのではないか」


 肩をすくめる。


「国の最強? これが?」


 半笑いで言ってやるとルジィナは怒りを抑えず、顔に刻み込んだ。


「大口を叩くではないか、下郎!」


 今にも首を断ちにゆかんとばかりにルジィナが叫ぶ。


「やめて」


 ルミナは震えながら、レニーの裾を掴んだ。


「兄様。お願い」


 ルジィナはフィーヌに目を向け、そして剣を収める。


「口だけなら何とでもいえる。道中、適当なところで決闘はどうだ。お互いに、目立つところで恥はかきたくあるまい」


 フィーヌの提案に、レニーもルジィナも頷いた。

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