称号の話

冒険者と謎の子ども

 レニーはロゼアの酒場で、軽食であるサンドイッチを食べていた。


 夜間に依頼をこなし、早朝に帰ってきたので酒場には人がほとんどいなかった。いたとしても、疲れきった顔で休みながらちびちびと食べたり飲んだりしているくらいで、活気は見られない。


 レニーもぼうっとしながら、いつ頃帰って寝ようかと考えているところだった。


「相席いいかのう?」


 寝惚けた空気には似つかわしくない明るい声が響いた。視線を真横に向けるとやや褐色の肌でローブのフードを目深にかぶった子どもがいた。口元がやけに楽しげに歪んでいる。


 レニーは目を細める。


「席、空きまくってるけど」


 相席というのは席に余裕がなかったときに起こりやすい。早朝ではほぼありえないのだ。


「良いじゃろ? そういう気分なのだ」


 子どもはレニーの前にある席に座り込む。無邪気なようで射抜くような視線がレニーに向けられていた。


「……オレがこの態度でいいのなら」

「構わぬ構わぬ。好きにしろ」


 手で払うようなしぐさをして、肘を立てて頬杖をつく。


 子どもにしては慣れすぎている。話しかける姿勢も、こうして図々しく椅子に座っている態度も、雑なように見えてどこか上品に感じるしぐさも。


 レニーは目の前の相手を、大人として接することにした。子どもに使う柔らかくみせるような態度も考えず、ただ自然体で向かい合う。


「とても子どもに向ける目ではないな、そのキサマ・・・の目は」

「思ってないからね」

「ほう、なぜじゃ。口調か、態度か」


 子どもは身を乗り出す。


「それもあるね」


 レニーは目線を交えず、サンドイッチを食べ終えた。


「なんか頼んだらどう?」

「そうじゃな」


 子どもは手をあげる。すると店員がすぐに来た。そして無邪気そうな笑顔でこういった。


「ぶどうジュースとちょこれーと、二つずつください」


 甘い子どもっぽい口調だった。店員が可愛らしい子どもを相手にするような笑顔で応対すると席を離れる。


 火を吹き消したように笑みを消すと体をこちらに向け直す。


「で、なぜじゃ?」

「キミのそのは選ぶ側の目だからだ。随分品定めしてくるじゃないか」


 フードの奥の、金の瞳が笑った。


「お気に召したようで」

「クク……どうじゃろうな」


 朝から疲れる。

 空の皿が下げられて、お互いの前にぶどうジュースとチョコレートが置かれる。


「遠慮するな、余が払う」

「そりゃどうも」


 子どもはぶどうジュースを一口飲み、チョコを口に放り込む。


「うむ、美味い」


 ひとまず同じように飲んで、食べる。


「観察の仕方が面白いのう、そなた・・・は。余も観察眼には自信があってな、そなたあまり余に興味ないじゃろ」

「……眠いんでね」


 変なのに絡まれた、とは思っている。


「きっと相性がいいと思うんだがな、余とそなたは」

「……冗談」


 ダァン、と。

 荒々しく扉が開かれている。閑散としていた場の空気が弾けたかのようだった。沈黙を破った本人は肩で息をしながら酒場に入ってくる。


 金髪碧眼の――エルフだった。

 がっちりした体格の男性で、腰に剣を下げている。深緑の旅装束に、水色の石がはめ込まれた銀色のサークレットをしている。瞳は険しく、眉間に皺が刻まれているが、男らしさと美しさを兼ね備えた顔立ちをしている。


 エルフは周りを見渡すと、こちらに視線を定める。そして怒りの形相のままどかどかと歩み寄ってきた。


 子どもはそれを手で制す。


「呼び方は心得ておるだろうな」

「フィーヌ様。勝手に出歩かれては困ります」

「なんじゃ、余がどう動こうが勝手であろう」

「ご自身のひ弱さと身分を自覚していただきたい」


 フィーヌと呼ばれた子どもはエルフに言われ、キツイ苦さでも味わったかのように顔をしかめ、舌を出した。そして口直しをするように、その尖った舌先にチョコをのせて食べる。


「キサマがいると楽しめぬ」

「フィーヌ様、せめて一言残していただかないと。御身に何かあれば」

「その先は大声で言うな」


 高貴な身分なのだろうか。お忍びらしく、あまり目立ちたくはないらしい。正直付き添わせている男で台無しな気がするが。


 となると、今までの自分の態度は無礼であったことになる。


「……態度は改めた方がよろしいでしょうか」


 レニーが聞くと、フィーヌは手を振った。


「こやつは気にするな。自然体でいろ、その方が面白い」

「……本人がそういうなら、テキトーに」


 エルフが体をこちらに向け、肩を怒らせる。


「貴様! この方をどなたと心得る」

「ルジィナ」


 ぴしゃりと。ナイフのような声が響く。容姿には見合わぬ、鋭い視線で、エルフ……ルジィナを見る。


「何度も言わせるな」


 ルジィナは苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、すぐに冷静さを取り戻したようで無表情になる。

 フィーヌは鼻を鳴らして、チョコを頬張る。


「……そうじゃ」


 チョコレートを食べきって、唇を舌で舐めながら、フィーヌが言う。


「そなたも来ぬか、魔物退治」

「フィーヌ様! こんなどこの馬の骨とも知れぬものを連れていけるわけがありません」


 ルジィナの反論に、フィーヌは頷く。


「それもそうじゃな。等級は?」

「……大したものじゃないさ。だからやめといたほうがいい。優秀な冒険者はここに何人もいる」


 レニーの返答に、フィーヌは目を細める。


「――ほう、嘘も得意だな。よし。明日正式に誘う。準備しておけ」

「いやオレの意思……」


 助けを求めるようにルジィナに目を向けてみる。強く鼻息を吐くだけで、瞳で告げてきた。


「従え」、と。


 レニーはため息を吐き、天井を見た。


「あまり期待はしないでくれ」


 夜間の依頼、減らそう――レニーはぼうっとそう考えた。

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