冒険者と初勝負
メリースは焦点の定まらない目で酒場の席を見ていた。相棒であるノアは不思議そうにメリースの視線を追う。
「どした?」
「ルミナが男としゃべってる……うぷっ」
完全に出来上がった状態で席を指差すメリース。その様子にノアは苦笑する。
「そりゃあ、そういうときもあるでしょ」
ルミナがルビーになった、その祝いの場である。冒険者と関わる酒場ではたまにあることだ。大きな依頼を達成したり、等級が高くなった際に冒険者仲間でお祝いをする。ギルド側の人間がお祝いを企画してくれるときもあれば、本人が企画するときもある。無論、仲間の場合もだ。ロゼアはギルドに酒場があるのも手伝ってか、受付嬢や関わりの少ない冒険者も参加することがあった。無論参加者も金を払う。普段の飲み代よりはかなり安く済むので皆喜んで払う。
ルミナは一通り祝いの言葉を受け取って、豪勢な食事を楽しんでいるところだった。その向かい側の席に、自分と同じように酔っている男がいる。顔は中性的だが体格が男に寄っているから男だろう。
普段のルミナからしてあまり人と関わるタイプではない。相席を頼まれてダル絡みされてるのだろうか。
「ちょっと行ってくる……」
ふらふらしながらメリースはルミナのところに向かう。近づいて、ルミナの肩を人差し指で軽くつつく。ルミナは無表情でこちらに振り向いた。
「メリース。何か用?」
「その酔っ払い、平気? 処す?」
ぼーっとしている男を指差しながら聞く。ルミナは首を振った。
「平気。気、使ってくれてる」
「酔っぱらうのが?」
「普段。こんな飲まない。お祝いは騒がしいほうがいいって」
瞬きをしながらルミナは、メリースの顔を見る。そして男の方も見た。
「マジックバレット、撃てる?」
「当たり前でしょ。なに、やっぱりこいつぶっ飛ばせばいいの」
「違う。レニー、撃つの早いから。どっち早いか、少し気になった。だけ」
へぇ。
対抗心に火がついた。自分と同じルビーの冒険者、しかも重戦士から早いと言われるということは相当なのだろう。
やはり前衛と後衛では動体視力が違う。メリースは基本的に読み合いだ。結果を予測して、そこを叩く。だが、ルミナは違う。その場その場で対応しなければならないことも多い。剣士のノアだって同じだ。それに早いと言われるということは相当だろう。
メリースはテーブルを叩くと、男に声をかけた。
「アンタ魔弾撃つの
男はきょとんとした後、挑戦的な笑みを浮かべて、こう言った。
「いいじゃないか、やろう」
○●○●
「えーでは、メリースとレニーの早撃ち勝負を行います」
広場ではメリースとレニーが対峙していた。その間にルミナとノアがいる。ノアが仕切って、周りの野次馬が賭け事を始めていた。
メリースは頭痛に眉を潜めながら、相手を見定める。レニーとやらは千鳥足でありつつも、位置取りを済ませると、姿勢を低めた。
ルールは簡単。ノアがコインを投げて、地面についた瞬間に魔弾を撃ち合う。そして距離を稼いでいた方の勝ちだ。
メリースは左脇に装備している速度重視の魔書に魔力を込めて展開する。空中で開かれた魔書が、魔法の発動を待つ。
一方でレニーは左手を大腿部のホルスターに収められた杖に近づけるだけで、握らなかった。
「……準備はいいかい」
ノアが聞いてくる。メリースは頷いた。
しかしレニーの方は杖を握っていない。まだ準備はできていないだろう。
「いつでも」
そう思っていたら、準備はできていたらしい。
無茶だ。魔力を杖に馴染ませることもしていないし、そもそも杖を握っていない。そんな状態でどう魔弾を早撃ちするというのか。
まぁ、どうせルミナの祝いの場だ。肴になればいいだろう。
「では」
ノアがコインを投げる。くるくるとコインが回りながら、地面に落ちていく。メリースとてルビー冒険者だ。地面に当たった瞬間、魔弾を撃つことくらいわけない。
互いにコインを睨み、そして、その時が来る。
コインの落ちた音と共に魔弾を放った。魔弾同士が衝突し、打ち消し合ったことでそよ風が起こる。
「……へ?」
レニーは一瞬で杖を抜いていた。
何をどうしたらこの技術を身に着けるのか、メリースはさっぱりわからない。自分が魔弾を撃ったと認識した瞬間には、もう杖を抜いてメリースの魔弾よりも
「どっちだ」
野次馬たちに問われて、ノアもルミナも、レニーを見る。
「驚いた、勝ったのはレニーだ」
「お、大穴だぁあ!」
野次馬たちが騒ぐ。
メリースは酔いが一瞬で覚めるのを感じた。そして、レニーを見る。
ふらふらしてから尻餅をつき、仰向けに倒れていた。
単純に強引に魔力を注ぎ込んだとしても杖が木っ端微塵になって、魔法は不発になるだけだろう。馴染ませずに強引に魔法を発動させようとするのはオーバーロードさせるのとあまり変わらない。
回路に大きな負担をかけつつも、魔法は発動させられる魔力の通し方。恐らくそれがレニーの早撃ちのタネだ。魔力を馴染ませずに瞬時に魔力を発動させ、魔力射出のスキルそのままの速度で撃ちだす。
魔法使いなら絶対にやらない手法だ。それで魔法が撃てるのなら通常より発動が早いのは納得できる。
それでもメリースの魔弾より早いのは意味がわからないが。
「メリース、大丈夫?」
ノアに声をかけられる。
「……平気よ。でも」
今まで、負けたことなんてなかった。魔法ではメリースが一番で、剣ではノアが一番で。
そんな二人でルビー級パーティーを組んで、少し敵なしと思ってきたところだ。
だが、魔法を扱う人間として、魔法で負けた。
速度だけ、それでもだ。
「次は勝つわ」
メリースは拳を握りしめながら言った。
負けっぱなしはプライドが許さない。
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