断片の話
冒険者とふざけた客
エレノーラが薄暗い店でぼーっと客を待っていると、扉が開いた。
新顔だった。
淡い桃色の髪にアメジストの瞳。中性的な顔立ちに体。背中にはカットラスとボンサックがあり、左の大腿部には短剣用のホルスターに杖がささっている。
「いらっしゃい」
「……どうも」
頭を下げて、エレノーラに歩み寄ってくる。それから持っていた皮袋をカウンターに置いてきた。
「オレはレニー・ユーアーン。ソロの冒険者だ。杖がほしいんだけど……これで足りるかな」
皮袋を開いて硬貨を数える。杖は大型で強力なものほど高価であるが、中に入っている金額的にはそういった長杖でも購入できそうな額が入っていた。
「これはどうもご丁寧に。私はエレノーラ。エレノーラ・キャンディだ。どういう杖をご所望だね」
「マジックバレットが撃てればいいかな」
ごく簡単な要求に拍子抜けする。それなら短剣用のホルスターに入っている、指で扱えるタイプの短杖で十分だからだ。
「……必要かね」
「あと一発でも撃てば壊れるからね」
「壊れる……? みせてもらっても?」
「はい」
レニーはまるで魔法のように一瞬で杖を取り出してカウンターに置いた。その早抜きに驚きながらも杖を見る。
木製だ。しっかり作られていて新しい。そのくせボロボロだった。ところどころ割れ目が入っていて、打撃武器として使ったにしては縦割れが多い。
「言っておくが杖は近接武器じゃないぞ」
「マジックバレットとカースバレットしか使ってない」
不服そうなレニーだったが、エレノーラは疑うしかなかった。
「どんな使い方をすればこうなる」
「……見せればいい?」
「そうだな」
あと一発、まともに魔力を込めて撃てば木っ端微塵だろう。
カウンターから出てテーブルを通り過ぎ、外への扉を開ける。レニーに顎で「外へ出ろ」と合図を送り、外に出る。
レニーは狭い路地に出ると、杖を短剣のホルスターに入れた。
「いくよ」
「あぁ」
返事をし終わった瞬間だった。青い閃光と共に、弾けた木片が飛び散る。
杖の先が中程から割れて折れていた。
「……うん?」
メガネを外して目を擦る。メガネをかけ直してから再度杖を見る。
明らかに壊れている。
「……取り出すだけで割れるほどボロボロだったかね?」
「いや、魔弾撃ったけど?」
「……うん?」
エレノーラは首を傾げる。
「どうやったのかね」
「えーっと」
レニーは割れた杖を短剣のホルスターに再度入れる。杖から手を離し、完全に左手を脱力させた。
「なんで杖から手を離す?」
「普段触ってないし」
ゆっくり見せるように杖を持ち、それから瞬く間に杖を抜き、エレノーラにむける。
「バァン……って感じ」
……は?
エレノーラは頭の中でレニーの発言と行動を整理し、何が行われていたのかを理解した。そして、頭に血が上るのを感じながら、勢いよくレニーの手首を掴むと店に引っ張り込む。
カウンターまでヅカヅカと戻ってくると、レニーから手を離し、向かい側に立つ。そして、カウンターに手をたたきつけた。
「……馬鹿かッ!」
衝撃で硬貨が音を響かせる。レニーはきょとんとした顔でエレノーラを見るだけだった。
「壊れるに決まっているだろう」
「用途考えると選択肢がなくて」
「その用途で使うっ! 魔法使いがっ! いないんだっ! あるわけないだろ!?」
何言ってるんだこの客は。
杖といい、魔力を通してその真価を発揮する武器は「回路」というものが刻まれているのが基本だ。スキルツリーや魔法の仕組みを模したものであり、それに魔力を通すことで特定の効果を発動させるのだ。
そしてその回路には魔力を浸透させる
「手に持て! 魔力を少しは馴染ませておけッ!」
エレノーラの説教に、レニーは面倒くさそうに眉尻を上げる。
コイツ……ロクに理解してない。
「魔法使いのロールがなぜ杖を常時持っているのかわかってるのかね」
「魔法使うから」
「予め魔力を通して回路をスムーズに起動する為だッ!」
壊れた杖を指差す。
「起きたら顔を洗って、食事をして、目を覚めさせるだろう? それと同じだ。毎回毎回爆速で回路を叩き起こしてたら壊れるに決まってるだろ」
エレノーラはフラスコとビーカーとトレーを取り出す。そして自分の背後にある扉を開けて薬品保管庫兼作業部屋に入ってビーカーに水を入れて店に戻った。
カウンターの上にトレーを置き、その上にフラスコを置く。
「いいか、これが通常の使い方だ」
ビーカーからゆっくりフラスコに水を入れていく。フラスコの底に問題なく水か溜まっていき、ビーカーの中身が空になる。無論フラスコに全ての水が収まっていた。それからゆっくりフラスコの水をビーカーに戻す。
「君はこうだ」
今度はビーカーを一気にひっくり返した。フラスコに水は入りきらず、トレーにぶちまけられる。
ため息を吐きながらビーカーに水を戻していると、レニーはビーカーを指差した。
「オレはそういう杖がほしいんだけど」
思わず眉を潜めた。
「使い方を変える気はないと」
「剣使うし」
「いやだとしても……」
魔弾を早撃ちできる人間には心当たりがある。エレノーラが作成した魔書を二冊持ちしているルビーの冒険者がいる。しかしあれも予め魔書を展開させて、魔力を通してから魔弾を放つのであって、レニーのようにいきなり魔弾を放つような真似はしない。
セオリーではないのだ。道具に負荷をかけすぎるし、行程をすっ飛ばしている。
レニーのやり方での魔法は不発になる可能性が高いだろう。魔法というものは魔力を練って、行き渡らせて、そして解放するものだ。魔力を身体強化にあてる場合も変わらない。
恐らく魔力を左手に集中させて、杖を持った瞬間に一気に押し流しているのだろうが、褒められたものではない。
レニーの容姿を確認していると、あることに気付いた。
「……うん? 左手に短杖。右手に剣……恐ろしく速い魔弾?」
最近仕入れ先の商人がそんなことを言っていた気がする。
確かこうだ。
「……賊狩りの、レニー」
「あぁ、うん。オレだね」
何でもないことのようにレニーは返す。
エレノーラも間接的に世話になっている人物だった。仕入れが以前よりもスムーズになって、ご機嫌な行商人が教えてくれたのだ。
賊狩りのおかげでいくらか襲われる心配が減ったと。
彼を狙った暗殺集団も返り討ちにされて、ますます賊狩りに恐怖する賊が増えたのだとかなんとか。
「トパーズ冒険者と聞いたが」
「うんトパーズ」
レニーは冒険者カードを取り出し、カウンターに置く。黄色のカードだった。コンフィデンスラインは三。偽物を疑う必要はなさそうだ。
無論、本物だから得になるわけではないが。しかし恩がある相手を突き放しすぎるのもどうかと思ってしまう。
「我が儘なのはわかってるさ。ただ、杖に頼らなくていいほど魔法が強いわけでもない。杖は必要だ」
最初からわかっていたかのように、レニーは言う。短剣用のホルスターを叩いて、苦笑してみせた。
「……残念だが、君の要望に応えられる杖はない」
「なら場しのぎで
その物言いは決して挑発的ではなかった。むしろ申し訳なさそうな、自身の迷惑さを自覚して、それでも頼らせてほしいという腰の低い態度だった。
ただ、態度がそれでもエレノーラにその言葉は禁句に近かったのだ。
ピキ。
エレノーラのプライドにヒビが入った。錬金術師としてルビー冒険者の魔書作成にも行ったし、上質な杖も何本も作成してきた。新アイテムを開発して特許を取ったこともある。
その私の店に来て、買うものが場しのぎだと?
「……つくろう」
「うん?」
ビーカーをトレーに叩きつけて、エレノーラは叫んだ。
「あぁ! 君の使い方に耐えうる杖をつくってやろうじゃないか! 完成したら私のパトロンになってもらうからな覚悟しておけ!」
ビシリとレニーを指差して、エレノーラが言ってのける。
レニーは頷いた。
「つくってもらえるのなら、喜んでパトロンになるよ」
息を切らしながら、エレノーラはこう思った。
いつかコイツを思う存分困らせてやりたい、と。
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