冒険者とディバング

 酒場ロゼア。

 久しぶりの角の席でレニーはぼうっと酒を飲んでいた。


 ティングルは温泉でメタモライムを巨大化させ、パニックに陥れる予定だったらしい。それを未然に防いだレニーたちの宿泊費はタダになり、決定事項ではないがギルドロゼアとの提携契約も前向きに考えてくれるということだった。一日交渉していたフリジットはホクホク顔で喜んでいた。


 浮いた宿泊費は今回のティングル逮捕の報酬として支払われることになった。要はボーナスだ。


「レニー、相席いいかい」


 目を向けるとノアが立っていた。珍しく相棒のメリースはいない。


「……構わないけど」

「ありがと」


 ノアが座る。そして、レニーの方へ顔を寄せた。そして、口元に手をあてる。耳元で囁くときに手を立てて、口の近くに当てるあの形だ。


「ディバング行ったんだって?」

「まぁ」

「温泉はどうだった」

「気持ちよかったよ」


 ノアがディバングに興味あるとは意外だった。そも、レニーは早撃ちの勝負を持ち掛けられるだけでツインバスターのことは大して知らないのだが。


 顔を赤くしながら、小声で話される。


「こ、混浴は入った?」

「……入った」


 目を見開かれる。


「だ、誰と。一人で?」

「フリジットとルミナ」


 口に手を当てて驚かれる。


「うわぁ、大胆」

「ミズギ着てるしね」

「あっ裸じゃないんだ」

「場所によるけど、裸は基本ないんじゃないかな。それ用の身に着けるタイプのバスタオルとか、ミズギとかが基本だと思う」


 もしかしたら本当に男女区別なく入る混浴もあるのかもしれないが、レニーは興味がないので知らなかった。


 ノアは顎に手を当てて考え込む。


「そういうことなら、大丈夫なのかな」

「大丈夫って」

「今度、メリースにディバングに行こうって話をしようと思って」


 それから小声で「デートだよ、デート」と呟かれる。


 まぁ、年頃の男女だからそういう楽しみを求めるのは当然か。


「できればメリースと一緒に温泉入りたいなって」

「いいんじゃないかな。ついでに店もまわっておくといい。フリジットもルミナも美容品買ってたし。メリースもそういうのを買いたいかもしれない」


 レニーが見た限りでは香水もよかった。女装用に少し購入したくらいだ。使う機会はほとんどないだろうが。とれる行動が多いに越したことはない。フリジットもルミナも毎日髪の洗浄剤を変えていたし、メリースも女性であるからそういったものを欲しがるだろう。


「レニーが混浴できたくらいなんだ、俺でもメリースと入れるよね」

「何を比較してるかわからないけどキミらの仲なら平気でしょ」


 ノアとメリースは両想いだろうし、発言を振り返るに付き合っているであろう。付き合っているからこそ恥ずかしかったりするのだろうか。


 なんにせよ、レニーに乙女心まではわからない。ただ、断る姿が想像しづらいというだけだ。


「そうかな。嫌がられない?」

「ないんじゃないかな。オレの印象でしかないけど」


 ノアは嬉しそうに笑った。


「なら、がんばって誘ってみるよ」

「……うん? まぁがんばりな」

「ありがとう、レニー。邪魔して悪かったね」


 ノアは立ち上がると離れていった。


 混浴。


 フリジットとルミナのミズギがちらついてかぶりを振る。

 カンナギを出る際に武器を背負い、杖をホルスターに収めたとき、妙に安堵したことを覚えている。


 冒険者でも何でもない日々。まぁ、ティングルのせいで半分仕事をしたようなものだったが、それでも、普段仕事仲間である相手との、仕事でも何でもない日々を過ごすのは、妙に気持ちが浮ついてしまって落ち着かなかった。軽い食事や、飲みに行って愚痴を聞くことはあった。しかし、そういう軽い人付き合いではなく、旅行という大きなイベントは、ほとんどなかったように思う。楽しくはあった。楽しかったが、そう何度も行きたいと思えるものでもなかった。


 戻ってきてからは依頼をいろいろこなしている。浮つきがすっかりなくなって、すっぽり収まっている実感があった。


 酒を一気にあおって、ため息が漏れる。


 やっぱり冒険者をやっている時が一番落ち着く。

 この性格が冒険者に向いており、人として致命的なことを、レニーは気にしない。


 気にしない方が、楽だからだ。

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