冒険者といちげきひっさつ

 完全に戦意喪失し、抜け殻のようになったティングルを、フロッシュは頭を掴んで引き摺る。


「ハゲが掴みづらくて困る」


 フロッシュが吐き捨てる。ティングルの沈み方は、顎の位置が水面ギリギリで、溺れることはなさそうだった。


「協力感謝する。えっと」


 フロッシュは集まったルミナとフリジット、そしてレニーを見る。


「ギルドロゼアの受付嬢と冒険者、になるね」

「そうか。あなた方が早期に指名手配犯を特定し、客を誘導したおかげで被害は最小限に抑えられた。きっと報奨が出るだろう。しかし、これから風紀委員で調査を行う。事情聴取をしなければならない。更衣室で着替え終わったらカンナギの風紀署に来てくれ。混浴風呂はしばらく使えなくなるし、できればすぐに来てほしい」


 周りを確認するとフロッシュのように風紀委員の腕章をつけた人たちが客を更衣室まで誘導していた。現場調査をする、ということだろう。


「ではお先に失礼する。こいつを連れていかなければならないからな。協力のほどよろしく頼む」


 フロッシュは背を向けて、真っ直ぐ歩いていった。


「はぁー、せっかくのお風呂だったのになぁ」


 フリジットは女性更衣室に向かって歩き出す。レニーもそれに倣って男性更衣室に向かって進みだした。


 しばらくして後ろから水音が聞こえてくる。

 手を握られた。


「うん?」

「レニー」


 ルミナだった。胸のあたりで空いた手を握りしめながら、口を開く。


「ちょっとだけ。付き合って、ほしい」

「でも……」


 握る力が強まる。


「少し。すぐ終わる」

「そこまで、言うなら」


 手を引かれるままについていく。向かう方向は洞窟風呂だった。薄暗い中を進みながら、ルミナの背中を眺める。


 やがて手を離した。ルミナは少し進んでから、立ち止まる。


「レニー。凄かった」

「何が」

「あいつ捕まえられた。レニーのおかげ」

「たまたまさ」


 洞窟風呂に他の客がいなかったのは幸運というしかなかった。おかげで避難の為の誘導が怪しまれなかった。

 レニーが会話と戦闘で時間をある程度稼ぎ、外におびき出す。


 いくら武装していないとはいえ、戦い方がパワーメインのルミナとフリジットがいればメタモライムは脅威にはならないだろう。スライムに物理は効きづらいが圧倒的パワーで殴れば衝撃が嫌でも伝わる。メタモライムが巨大化したのは嬉しい誤算だった。おかげでジャイアントキリングの一部効果を発動させることができ、より勝率を上げられた。


 そしてフリジットやルミナで派手に戦闘をしてみせれば風紀委員は黙ってはいない。風紀委員が来ればティングルを拘束できる。おまけに風紀委員は武装できるのだ。もし、決定打に欠けている状態だったとしても、決定打になる一撃を放てるだろう。


 正直、その場頼りすぎる作戦だったが何とかなった。


 ルミナは両手の指を交差させながら、俯く。


「……後ろ」

「うん?」

「後ろ向いて。良いって言うまで」

「あ、あぁ」


 レニーは背を向ける。


「レニー、がんばった。ボクも、がんばる」

「何を」

「……大丈夫。こ……こっち、みる」


 ルミナの声に疑問を抱きながら、振り返った。


「……ルミ……にゃっ!?」


 ――赤の衝撃――


 それは、レニーの冒険者人生の中で最も強力な一撃だった。

 端的に言えば、一撃必殺のうさつだった。


「ど、どう? ボクの、ちゃんとしたミズギ」


 不安げに、見つめられる。

 頭が真っ白になる。


「……あ、その」


 上衣をめくり上げて、ルミナが真っ赤になっていた。顔の下半分を、上衣で隠している。それが余計に、レニーを戸惑わせる。


「……えっと……」


 視線を外す。


 引き込まれる。


 外そうとする。


 引き込まれる。焦点が定まらない。


 レニーだって男だ。女性のことを魅力的に感じていないわけではない。冒険者として、仕事仲間として、あるべき姿でいようとしているし、いつもはそれで思考から雑念を打ち消せる。


 しかし今は無理だった。


 目の前のルミナは完全にただの女の子で、あまりにも冒険者の姿からかけ離れ過ぎていた。


 思考回路がぐちゃぐちゃになって、冷静さを完全に失っている。


「……すごく、かわいい」


 数十秒かけてやっと絞り出せた言葉は、それだけだった。

 がばっと、幕が下りる。


「そ、その。レニー、がんばってるから」


 顔をそらして、手の出ていない袖で口元を隠された。


「ごほう、び」


 エメラルドと見間違うほど綺麗な瞳で、見つめられる。


「嬉しい?」


 頷くのが、精一杯だった。頷きながら自然と唾を呑み込んでしまう。

 そんなレニーの様子に、ルミナは目を細めた。


「……えへ」


 フードを被る。


「……ソロ仲間、の。秘密。みんなには、ないしょ」


 ――あぁ、無理。


 レニーは顔のあまりの熱さに、手で仰ぐ。


 完全にのぼせた。


 しばらくルミナを直視できそうにない。

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