冒険者と叡智

 カースバレットを撃つ。


 しかし、レニーとティングルの間に透明の触手が現れ、それを防ぐ。ゴボゴボと音を立てながら温泉の底から赤い石が出現する。透明な塊は夜と遭遇した時よりも明らかに大きい。


「バレたのなら仕方ない。貴様はここで始末する」


 ゆっくり立ち上がりながら、かつらを放り投げるティングル。レニーは立ち上がると洞窟の出入り口に向かって走り出した。


「ヒヒヒ、遅いなぁ」


 足元が温泉のせいで走るスピードが著しく落ちている。足が鉛をつけたように重たかった。


「このメタモライムの餌食になれ」


 魔物の名前ではない。アイテムの名前だろう。迫ってくる触手にカースバレットを撃って牽制する。


 冒険者の戦闘能力は総合的だ。扱える魔法、スキル、そして己に合わせて購入した装備。どれかひとつでも欠けると戦闘力はかなり落ちる。


 レニーの得意とする早撃ちは短杖あってこそであるし、武器がなければ器用貧乏も生かせない。

 体術関係のスキルもレニーは持っているが、あくまで対人戦だ。


 メタモライム……見た目的にはスライム種と同一と考えて良いだろう。体術は、それ系統を相手に想定したものではない。無意味というわけではないが、有効にはなりえない。


 魔弾の射手と魔力射出、闇属性魔法適正のスキルの補正で威力を高めたカースバレットで動きを止められているが、よほどメタモライムが強力なのか、ティングルがメタモライムを扱うに適したスキルを有しているのか、メタモライムの赤い石までカースバレットは届かない。


「伊達にスライムを研究していたわけではないのだよ。このメタモライムに俺は人生を継ぎ込んだ」


 どこからか出してきたメガネをかけてレンズを光らせる。カツラは湯に流されていた。


「全ては、触手プレイの為」

「何だかわからないけど、ロクでもないのはわかった」


 ティングルに標的を変えるが容易に防がれる。そして、密かに伸ばされていた触手が足に纏わりついた。


 そのまま、いくつもの細い触手がレニーの体を拘束する。


「どうせなら最初の実験相手は無垢な少女とかにしたかったんだが。まぁ顔は可愛いし、プレイを始めれば化けるだろう」

「バカにするのも、いい加減にしろ!」


 レニーは一気に魔力を放出する。紫色の魔力が細い触手を吹き飛ばした。格上には有効打にならないが、この場では有効だった。


「メタモライムは水を使って体をつくる。ここの泉質はメタモライムの体を形成するには最高だ。水があればあるほど、メタモライムは体を膨張させられる。質が良ければそれほど強くなる。丸裸の貴様に、どうにかできるかな」

「できるさ、ここは温泉・・だからね」


 洞窟の中は、影ができる。

 レニーは影の女王に捧ぐを発動させ、自分の体を足から押し上げた。そのまま、後方に影を移動させ、温泉の上を移動する。左手の人差し指をメタモライムの赤い石……核に向けながら、魔力をそこに集中させる。右手を左手首を掴んで、魔力の集中効率を上げた。


「逃がすか!」


 メタモライムが追ってくる。その後ろをティングルが歩いてきていた。四方八方からメタモライムの触手が伸びてくる。


 影を後方に移動させることと、魔弾の準備の為に魔力を注ぐことに同時に行っている為、スピードは上げられない。後方に進むスピードよりも、触手のスピードの方が早かった。


 しかも、洞窟はそんなに深くない。


 外に出た瞬間、影の女王に捧ぐのスキル効果が切れる。現在の移動手段を継続するには、影の総量が足りなかった為だ。


 最後の最後で、自分の体を宙に投げる。


 そしてそのまま集中させた魔力を解放した。


「カースマグナム」


 魔法の反動で、更に後方に吹っ飛ぶ。

 カースマグナム自体は多く重ねられた触手を破壊したが、コアまで届かず、黒い閃光を上げただけだった。


 体が落ちる。


「レニーくんっ!」


 後ろの岩場にぶつかりそうになったところで、フリジットがレニーの体をがっしりと受け止めた。


 背中に柔らかい感触が伝わるが、一瞬で思考から排除する。


「グッドタイミングだ、助かったよ」


 立ちながら、レニーはフリジットに礼を言う。


「でしょう? ここらへんの客は避難できたよ」


 周りを見ても他の客はひとりもいない。フリジットとルミナには避難誘導を頼んでいた。


「無駄だ。水がある限り、このメタモライムは無敵! 温泉を枯らさない限り、倒せると思わないことだな」


 洞窟から出てからメタモライムの体は急激に膨張した。

 いつの間にか、メタモライムの体は見上げるほどに大きくなっていた。

 メタモライムの触手が降り注いでくる。


「まっかせて!」


 フリジットはレニーの前に出ると両腕を立てて防御姿勢を取る。青色で半透明の膜が、フリジットとレニーの周りを囲む。半球状のそれは触手の攻撃をことごとく防いだ。


「マジックバリア?」

「へっへーん、正解!」


 マジックバリアは一定範囲を守る、下位魔法だった。一般的なマジックバリアの範囲はパーティーが固まった状態で全員を守れるかどうかであり、強度も特別強固なわけではない。


 しかしフリジットのマジックバリアは近くにいる者全員を軽く範囲内に収められるほどの広さであった。


 しかも先を尖らせた触手が何度も突いてきてもヒビ一つできない強固さである。一目でわかる規格外さだった。


「ルミナさん!」


 フリジットの声に反応するように影が舞う。ルミナがマジックバリアの上を飛んでいた。


 髪をはためかせながら拳を握りしめる。


 レニーと違ってルミナは重戦士だ。単純にパワーがあれば、素手でもある程度の攻撃力は保障される。


 そして。


 今のメタモライムは見上げるほどに大きい・・・


「グー」


 拳を振りかぶり、メタモライムに突き出す。


「パンチ」


 迎撃に出た触手と拳が衝突する。

 そして、メタモライムの半身が拳の衝撃だけで殴り飛ばされた。


「ファッ!?」


 ティングルが大口を開けて間抜けな声を出す。


 ルミナはマジックバリアの前方に降り立ち、フードを被る。弾けたメタモライムの体が温泉の湯に戻り、一時的な雨となった。


 メタモライムは体を波立たせながら、失った半身を再生させようとする。


 そこへ、光の矢が飛んだ。


 形成しきれていない体を貫き、正確に赤いコアを貫く。


「――貴様は、変態パバートではない」


 上から声が響く。フロッシュの声だ。どうやらマジックバリアの上にいるらしい。


「……レニーくん、上見ないでね」


 目の前のフリジットはフロッシュの姿を確認すると、振り返らずに言った。ひどく冷えた声だった。


「……ハイ」


 レニーはそう答えるしかなかった。


「お、おれの、メタモライム……」


 コアを破壊されたメタモライムが崩れていく。波がやってくると共に、水位が徐々にあがってきた。


変態パバートとは常に真摯であるべきだ」


 フロッシュはティングルの前に降り立つと、弓に魔力の矢を番える。


「己の性的嗜好に誇りを持ち、叡智エロを極め、そしてそれをひけらかすことも、相手に強要することもしない」


 フロッシュは矢を飛ばす。それがティングルの首にかけている指輪だけを破壊し、消える。


「だからこそ同志を喜ぶのだ。だからこそ受け入れてくれる相手を愛すのだ。もし今受け入れてもらえないとしても、素質があるのなら、好きになった相手であるのなら、ゆっくりと教え導くのだ。性とは愛の結果であり、過程だ。無差別はただの罪。愛を育めぬ叡智エロに意味はない」


 フリジットも、ルミナも、レニーを見る。

 レニーは黙って肩をすくめた。

 ……おそらくこの場の皆が思っていることは同じだろう。


 まるで意味がわからない、と。


「あなたはただの犯罪者だ。拘束する」


 ティングルは膝から崩れ落ちた。


 恐らく論破などではなく、ただ戦意喪失しただけだろう。

 フロッシュはポケットから手枷を取り出し、ティングルを拘束する。


「フロッシュ相手なら別に問題ないのに……勿体ない」


 レニーはその呟きを記憶から即消すことにした。


 いろいろと、台無しだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る