冒険者と混浴

 岩場を背に座った。温泉の、程よい熱さがレニーの体を温めてくれる。湯は、浅いところなのかレニーは腰辺りまで、女性陣は鳩尾より少し下あたりまで浸かっていた。


 本格的に体を温めようとすれば通常の温泉でいいだろう。

 せっかく誘われたのだし、交流重視でいい。


「……で、なんでオレが真ん中なの」


 フリジットが左に、ルミナが右に座っていた。


「私たちは女湯一緒に入ればいいし、レニーくんが隣のほうが混浴の意義感じるじゃない。ね、ルミナさん」


 フリジットが笑顔で問いかけると、ルミナは静かに頷いた。


「それに両手に花でしょ。もっと喜ぶ」

「わーい」

「うわーすっごい棒読み」


 眺めていようと思えば、二人ともずっと眺めていても飽きないのだろうが、さすがにジロジロ見続けるわけにもいかないので正面だけを向いていた。たまに視線を合わせる程度だ。


 仕事仲間にあまり劣情を抱くわけにもいかない。


「それにしても、こんなに羽を伸ばせるのはいつぶりだったっけなぁ……」


 フリジットは両手を組みながら背伸びをする。


「んーっ気持ちいい」


 脱力して小さな水しぶきを上げさせながら手を落とす。動きに合わせて胸のフリルが揺れた。


「キミはいつも疲れてるよね」

「シルバルディさんに矯正してもらってるけど疲れたときに猫背気味になるのが響いてくるのよね」


 右手で左肩を揉むフリジット。その動作に胸が寄せられる。


 視線を外す。


「書類書くの、大変」

「オレらの比じゃないしね」


 フリジットはある程度足を伸ばして座っているが、ルミナは膝を抱えるような格好で座っていた。白い脚が、惜しげもなく晒け出されている。


 冒険者の中には軽量化を図って露出の多い服装になるものもいるが、ルミナは平均的な装備をしていた。動きやすさを重視ししながら急所はしっかり防御できるようなものだ。


 装備に資金をつぎ込める冒険者ほど身を守れるような装備になっていく。ルミナの駆け出しの頃は知らないが、レニーの知っているルミナの冒険者としての姿はほとんど肌を見せない。


 フリジットもそうだが普段とのギャップもあり、普段見ないところに目がいってしまう。


「モーンさんが優秀すぎて負担が激的に減ったのはいいことだったわ。ちょっと申し訳ない気もするけど」

「今まで散々やってきたからいいんじゃない?」

「休む、大事」


 フリジットは微妙な顔になった。


「一気に肩の荷が下りると戸惑っちゃうのよね」


 その感覚はわからなくもなかった。とある盗賊団を残党ごと狩り尽くしたことがあったが、終わった後は何の依頼を受けようか迷ったものだ。


「慣れるしかないね。楽をすることは悪いことじゃないから」

「楽ねぇ……レニーくんはしてるの」

「してるさ」


 ルミナの顔を見ながら言う。


「な、ルミナ」

「うん。レニーと依頼、楽」

「ほう、気心知れた仲はいいねぇ」


 からかうように肘で腕を小突かれる。


「ソロ仲間最高」


 親指を立てるルミナに、レニーは首肯した。


「違いないね」


 空を見上げる。男風呂とは違い、空がはっきり見える。

 快晴だった。


 夜に来れば星が綺麗に見えるのだろうか。


 視線を落として、レニーはあるものを見た。


「……あー」


 今この場で一番見たくないものを見た。レニーは頭をかきながら、フリジットとルミナに目を向ける。


「二人とも……ちょっといいかな?」


 二人とも首を傾げる。


 ……正直言えばもう少し二人の姿を眺めていたかった。




 ○●○●




「やぁ、隣いいかい」


 洞窟風呂で、ある男に声をかける。

 髪の長い、目の鋭い男だった。


「構わないけど、どうせなら可愛い女の子が良かったな」

「そりゃ悪いね。会話相手がほしかったんだ」


 洞窟風呂にはレニーと男しかいなかった。少し距離をあけて隣に座り込む。


「質問いいかな」

「あぁ、いいよ」

「そのネックレス、どこで買ったんだい」


 男の首から紐が下がっており、その先には赤い石がはめ込まれた指輪があった。

 男は紐を指で摘んで持ち上げる。


「あぁこれか、俺の自作だ。良いだろう?」

「……そうだね。ところでオレの知り合いが最近男に襲われたんだけど」

「それは気の毒だな。さぞ怖かっただろうね」

「そいつが指に赤い石のついた指輪はめてたんだよね」


 男の目つきが鋭くなる。


「キミの名前当ててあげようか…… ティングル・テータくん?」


 男はそれを鼻で笑う。


「俺が指名手配犯だって言いたいのかい? あんなやつみたいにハゲちゃいないし、メガネもかけちゃいない。せっかく観光にきたのに、とんでもない疑いをかけられたもんだ」

「オレは別に指名手配犯だなんて言ってないよ。容姿も言ってない」

「指名手配されてるんだから知ってるものだろう?」

「他の場所ならそうかもね」


 レニーは肩をすくめる。


「観光客が指名手配書の内容なんて覚えてるはずないだろ?」


 観光に来ておいてわざわざ指名手配犯を探すつもりの人間なんていない。

 指名手配書が貼られているのは風紀書、店の営業側、そして比較的人気のない場所。つまり華やかな観光をしているのであればほとんど目につかない。ついたとしても細かい容姿を覚える必要はない。


 なぜなら観光客が多い時間帯、場所はそれだけ風紀委員がいる。安全なのだ。


 そうでなくとも、レニーはこの男が隠し事をしているぐらいは簡単にわかる。想定内の指摘を受けたとき、その人間は言い訳を用意しているものだ。そして用意した言い訳をするときは迷いがない。用意をしているのだから戸惑わないのは当たり前だ。

 問われたことを咀嚼して理解しようとする間はいらない。


 即答だ。そして相手に追撃をされないように状況を把握し、隠しきろうとする。従って、やけに詳しいのだ。


 本当に嘘をするときは、隠し事をするときは、素人であらねばならない。さも記憶を失ったかのように。


 その点で考えれば、男は嘘が下手だ。


 レニーは男の頭を指差す。


「そろそろヅラ、外しなよ」


 男は髪を掴んでカツラを外すと、こう言い放った。


「キッショ、なんでわかるんだよ」

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