冒険者とミズギ
朝も夕食と同じで立食だった。
レニーは左手にサンドイッチを並べた皿を持ち、右手で食べていたところだった。
「ねえレニーくん」
「なんだい」
「お昼に混浴風呂、一緒に行こう」
フリジットが真剣な顔でそう言ってくる。隣にはルミナがいた。リスのように丸いパンにかじりついていたが、その言葉を聞いた途端、動きが止まる。
「ルミナさんと三人で」
「一応理由を聞いても」
「ここの混浴風呂は一番広いの。打たれ湯や洞窟風呂は混浴にしかないし、せっかくなら三人で楽しみたいじゃない?」
「まぁ、キミらがいいなら断る理由は特にないし」
混浴とは言っても完全に裸になるわけではない。要は出会いのきっかけになる場にしようと力を入れているという話であって、ついでにこの街特有の「ミズギ」を売って稼ぐつもりなのだろう。
水に強い衣服はあるに越したことはない。濡れて困るときはそれに着替えればいいのだから。
購入はしようと思っていた。
「時間を指定してくれれば合わせるよ」
「決まりね」
フリジットは顔を近づけると、耳元で囁いてくる。
「ミズギ、楽しみにしててね」
「……あぁ、うん」
露出の多い衣類に特段興奮するタイプではないが、女性が服装を選んで見せてくれるというのなら無下にもできない。
露骨に喜べないが、興味ないような返答もできなかった。結果曖昧な返事になってしまう。
ルミナに目線を向けると顔が真っ赤になる。
瞳を泳がせて、レニーから顔を背けた。
こんなに恥ずかしそうなルミナは初めてかもしれない。なるべく目線を向けないで話したほうが良いだろうか。
○●○●
更衣室を出て、混浴に出る。男風呂とは比べ物にならない広さだった。客は女性同士で固まっていたり、男性と女性で話をしていたり、単純にひとりで楽しんでいる者など、当たり前というべきか、あり様は様々だった。見渡す限りの温泉に岩がいくつか設置されており、それを背もたれにして座っている者もいる。洞窟や打たれ湯は奥の方に薄っすら見えた。
ひとまず風呂の入り口となる階段付近で待つ。
レニーはハーフパンツタイプの水着を履いていた。黒を基調として下の方になると紫色のグラデーションになっている。男性のミズギは基本的にハーフパンツタイプかブーメランタイプが主流であった。レニーは追加で前開きタイプの上着を羽織っている。黒に紫のラインが入れられたそれは、肌の露出をなるべく抑えていたが、半袖なので前腕は剥き出しであるし、前開きタイプの上着なので胸や腹は見える。
フリジットやルミナの男除けとしての役割もあるだろうと思って性別ははっきりわかる格好にしたが、異性に上裸を惜しげもなく晒せるほど自分の肉体に自信があるわけでもない為、この格好に落ち着いた。ミズギは解放的な格好が多いがそういったものに抵抗を感じる人向けに露出を抑えられるアイテムも売っているのがありがたかった。
「おまたせー」
明るい聞き覚えのある声で顔を向ける。
「いや、今来た……とこ」
いつも通り話そうとしたレニーは、フリジットの姿を見て、言葉を失った。
駆け寄ってきたフリジットは、眩いばかりの白い肌を惜しげもなく晒していた。
トップスはフリル状の布があり、胸や二の腕を広い面積で隠している。ただ、肩ひもと鎖骨や胸元がさらけ出されているせいもあり、露出度に反して際どさを感じさせるデザインになっていた。フリルは二枚重ねられており、外側が白、内側が水色をしていた。
すっきりした綺麗な腹部はくびれが目立っており、その下に水色のミニスカートタイプのボトムズを履いていた。そこからすらりとした生足が伸びている。髪型もいつもとは違い、後ろでまとめている。単純なポニーテールというわけではなく、毛先を持ち上げて、輪をつくるように髪を束ねて結んだ形だった。横から見れば輪の形がはっきりわかるだろう。頭から爪の先まで磨き上げられた美が強調されていた。
「どう?」
前かがみになりながら上目遣いで問われる。
「……似合ってる」
「目の保養になるでしょ」
からかうように、フリジットが胸を人差し指で突く。
「……保養というには、刺激的すぎるかな」
レニーが目をそらしながら素直に感想を言うと、フリジットはきょとんとした。
顔を真っ赤にしてあわあわと唇を動かしてから、俯いた。
「良かった。レニーくんもそういうこと思うんだ」
いつもとは比較にならないほどのか細い声で呟かれる。
まずい。いつもと違い過ぎて調子が狂う。
「あーっと、ルミナは」
浮かれそうな気分を誤魔化そうとして、話題を変える。ルミナの姿が見当たらないのも気になっていたから丁度良かった。
フリジットは後ろに体を向ける。
「あ、あれっ? さっきまで一緒だったのに」
駆け出す。フリルのスカートが可愛らしく揺れた。女性更衣室に消えていき、ルミナの手を引っ張って連れてくる。
ルミナは体のラインが見えないようにピンク色の半袖の上衣を着ていた。今は被っていないがフードがついており、垂れ下がったうさぎの耳のようなものがついている。ボトムズはグレーのショートパンツで通常のものと比べれは丈は短い。腕や脚がきめ細かな肌をしていて、眩しいものがあった。髪型はいつもの二つ結びではなく、ツインテールになっていた。あまりボリュームのあるものではなく、両サイドが三日月型に金髪が飛び出している。
「ほらルミナさん、ミズギ見せたほうがいいって」
「これも、ミズギ」
目をそらしながら棒読みで答えるルミナ。
「レニーくんも見たいよね」
ルミナの背中を押しながらフリジットが同意を求めてくる。目があった瞬間、ルミナは不安げに瞳を濡らし、唇をぐっと結んだ。
普段冒険者の格好を見かけることが多いので、こういった戦闘を想定していない完全なおしゃれは非常に新しい感じがした。
「いや、無理しなくても……その格好も、新鮮で良いね」
思ったままを伝える。するとルミナは安堵したように笑みを浮かべた。
「ありがと。レニーも、似合ってる」
「そりゃどうも」
フリジットは二人の間に出て、嬉しそうに口を開いた。
「それじゃ、お風呂入りましょっか」
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