冒険者と散歩

 夕食は立食形式だった。ルミナもフリジットも普段食べられない料理に目を輝かせていた。

 レニーも程々に楽しんだ。出会いの街とも呼ばれるだけあって立食ではルミナやフリジットに声をかけたそうな男が多かった。まぁ、ルミナもフリジットもレニーに話しかけたり、二人くっついて食べていたりであまり話しかける隙を見せていなかったが。


 話しかけられても即座に断っていた。


 あまりしつこい手合いは風紀委員に目をつけられるのだろう。悪質なヤツはいなかった。


 二人が女湯に行ったので、レニーは食後の運動とばかりに外に出た。夜風が気持ち良い。


「ふぁあ」


 大あくびをしながら夜の道を歩く。昼に比べてだいぶ人はまばらになっており、店もやっているものが限られていた。


 意識してみれば、ところどころ高台がある。風紀委員が街の安全を確認する為の場所だろう。高台の下には必ず風紀署があった。


 人気のない道を歩いていく。


 疲労が溜まっていたのか、温泉に入ってから体がやけに重い。眠気もあった。ただ体調を崩すようなものではなく心地いいものだった。


 弱々しい足取りで道を進む。


 狭い裏道で、レニーの左足が何かに突っかかった。左足が前に出なくなり、そこを確認する。


 透明の液体に似た物体がレニーの足を掴んでいた。


 勢いよく足が引っ張られ、体が宙を舞う。

 暗闇の中に体が引き摺りこまれる。


「……へぇ」


 道の先の行き止まりに男が立っていた。傍らには透明ななにかの塊がうねっている。


 それがレニーの体を受け止めると四肢に紐状の……触手と表現するのが打倒だろうか……それが絡まってくる。


「フヒ、フヒヒ」


 無駄に並びのいい歯を剥き出しにしながら男が顔をのぞき込んでくる。


「女の子がこんなとこきちゃだめだよ」


 ストレートにキモい。

 レニーは鳥肌が立った。大腿部から触手が上がってきた為に内股になる。


「震えちゃって……声も出ないのかい。でも助けを呼ばれたら困るからねぇ」


 布状になった触手がレニーの口を塞ぐ。


 ハゲ頭に、メガネ。

 指名手配書のティングル・テータに間違いない。


 ――ビンゴだ。


「なにっ」


 シャドーハンズが相手に伸びるのと、相手が飛び退いて回避するのは同時だった。


 絡まっていた触手が全て離れ、レニーは解放される。


 影でイスをつくり、それに座ってから立ち上がる。そして背中にかかっている後ろ髪・・・を手で払った。


「あーあ、残念」


 高めの声を出しながらレニーはため息を吐いた。


 ――偽の長髪ウィッグと香水と肩のラインの目立たない薄手のコート。首には布を巻いてある。


 フロッシュはこの間取り逃がしたといっていた。わざわざレニーにお願いをするということは、この街にいる可能性が高い。


 そして今も犯罪を続けているのなら、こういった場所に迷い込む素人を狙うはずだ。


 下げた餌に早速食いついてくれて助かる。

 ターゲットが女性ならば、フリジットもルミナも標的にされる可能性がある。せっかく休みに来たのだ。こんなおかしなやつに台無しにされてたまるか。


「……ぐっ、貴様。風紀委員か」


 眉をひそめる男に対し、レニーは微笑みで返す。


「だったら……どうする?」


 まだ正体は明かさない。ここで確実に仕留められるとも限らない。カットルビーの冒険者から逃れている相手だ。強くはなくとも逃げに特化している可能性はある。


 ティングルはカッと目を見開いた。両手をあげ、何かを捕まえるような体勢を取る。


「ここで貴様を裸にして晒しあげる!」


 指を動かしながらティングルが叫んだ。


「えっ、気持ち悪」


 思わず素の声で後退りしてしまった。確かに風紀委員は男性禁止といっていた。つまり女性なのだからひとりが裸で吊るし上げられれば、風紀委員の恐怖を煽り、弱体化を促すことは可能だろう。


 ただやってることと発想は底辺だ。


 触手が、ドン引きしているレニーに飛んでくる。それをシャドーハンズで受け止めた。


「切断!」


 男が宣言すると触手が刃に変わり、シャドーハンズを斬り刻む。

 そして再びレニーを襲ってきた。


 スライムの素材を元につくったマジックアイテムか何かか。よく見れば男の右の人差し指が怪しい光を放っている。鈍く赤いその光は指輪につけられた石のようだった。そしてそれは透明な塊の中にもあった。


 レニーは影の剣をつくると触手を薙ぎ払おうとした。


 だが、レニーと男の間に閃光が走る。迫ってきた触手を阻んだそれは男にも降ってくる。


「ぐっ増援か!」


 青色の大きな針のようなもの――魔法としてレニーは見覚えがある。マジックバレットと同じ下位の魔法である「マジックアロー」だ。形状が洗練されており、かなりの実力者が使用しているのがわかる。


 青い矢がいくつも降ってくる。それを触手でガードしながら男は飛んだ。


 レニーは追撃すべく人差し指からカースバレットを放つが、男を囲むように張られたマジックアイテムのせいで攻撃は通らなかった。そのまま闇夜に消えていく。


 危険察知に優れているのか。不意の攻撃にも対応できるし、状況を見極めて撤退する判断が早かった。


 やがて、影がレニーの隣に落ちてきた。ひるがえった黄緑のローブの下に、惜しげもなさそうな生足がちらりと見える。それで誰が来たかわかったレニーは、額を抑えるしかなかった。


「お嬢さん、怪我はないか」


 目を細めて、手を差し出すようなしぐさをするフロッシュ。


「……あ、はい」


 気付いてないのか。そう思いながら、女装を知られるのも面倒なので高い声のまま対応する。


「観光で浮かれてしまう気持ちはわかる。だが、こんなところまで来るのは感心しないな」

「すいません」


 ずいっと一歩、近づかれる。


「これに懲りて――ん?」


 視線がレニーの手に降りて、それから顔に上がる。


「……フロッシュはてっきり心だけ乙女な方だと思ったのだが、レニー氏か」

「なんだ、性別の方は最初から見破られてたのか」


 つくっていた声をやめ、レニーはため息を吐く。


変態パバートだからな」


 フードを目深にししつつ、胸を張られる。


「性別看破のスキルがある」


 レニーにも「性別偽造」という本来の性別と見分けをつきづらくしたり、女性らしいしぐさなどを意識した場合に性別を誤認させるスキルが最近発現していたのだが、それを貫通できるということはかなり強いスキルなのだろう。ちなみに性別偽造のスキルを知ったときはこれほど嬉しくないスキルが発現したのは初めてだと思った。


「たまに性別を偽って犯罪を犯すものがいるのでな」

「難儀なんだね風紀委員……」

「そうでもない。助けた被害者から向けられる希望の光でも見たかのような目は、とても興奮する」

「台無しなセリフありがとう。というかキミ、カンナギの風紀委員っていってなかった」


 レニーの疑問に、フロッシュは自慢げに答える。


「仕事が終わったところでな。襲われるのが見えたので馳せ参じた」

「カンナギから?」


 首肯される。

 歩いてこられるとはいえ、すぐ近くではない。上空からやってきたのを考えると建物の屋根などを渡ってこちらまでやってきたのだろうが、襲われているところを見なければまず始まらない。


 かなり目が良いのだろう。


「マジックアロー、かなり洗練されてるみたいだったけど」

「超長距離狙撃のスキルに耐えうるフロッシュの得意魔法だ」


 レニーは単純に感心するほかなかった「超長距離狙撃」のスキルは文字通り、遠くから狙い撃つ際に命中などに補正をかけるスキルを言うのだろう。

 そして、それができるということはそれだけ目も良い。


 カットルビーは伊達ではないということだ。


「しかし、レニー氏なら余計な手出しだったかもしれない。すまない」

「いや、助かったよ」


 不意を突く為に武器を持ってきていなかった。レニーのクロウ・マグナもミラージュも、レニーの戦闘能力をかなり引き上げているものだ。いくら闇夜でスキルを万全に使えるからといって、元々戦闘に特化しきれていないレニーの力はたかが知れている。不意打ちが成功しなかったのなら、敗北の可能性は十分ありうるのだ。


 それに、あのマジックアイテムは厄介極まりないものだった。


 賞金があまりかけられていなかったから正直舐めていたところはある。油断こそしていなかったが、反省せねばなるまい。


「……戻るか」

「ではフロッシュが送ろう」

「いやだいじょう……」


 レニーは来た道を戻ろうとして、足を止める。

 数瞬考えて、あることに気付く。


 道が全くわからなかった。


「……道案内頼めるかな」

「フロッシュ、任された」


 フロッシュは自分の胸を叩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る